インフルエンザウイルスに利用可能な画期的な飲み薬の候補ができたという論文がScience誌に報告された。原題は「 A small-molecule fusion inhibitor of influenza virus is orally active in mice」だ。
インフルエンザとそのワクチン
インフルエンザは毎年冬に広がる強い感染力を持つウイルスで、高熱を引き起こす。
特に学校では広がりやすく、学級閉鎖のニュースは毎年必ず見かける。熱が下がっても感染力が強いので解熱後2日間は出席停止だ。
風邪の強化版といった症状だけではなく、それが原因で深刻な病気につながる可能性があり、世界中で年間推定65万人の死亡の原因となっている。
A型インフルエンザは、さらに18のHAサブタイプに分類することができる。
ほとんどのインフルエンザワクチンはそれらのウイルスを不活化した状態のものであり、人にそのウイルスへの抗体を作らせることで、事前に免疫力を高め本物のウイルスが感染できないようにするという戦略に基づく。
そのため、抗体が作られた少数のサブタイプに対してのみ有効だ。
さらにやっかいなことに、それらのウイルス株の相対的な量は年ごとに変動するので、ワクチン製造の現場では毎年予測を立ててワクチン組成を変更しなければならない。
つまり、抗体が作られなかったり、そもそも予測が外れてしまった場合にはワクチンの効果は限定的だ。
インフルエンザに対する抗体とその問題点
インフルエンザウイルスの一番外側、エンベロープという膜にある血球凝集素(HA) 部分には、インフルエンザウイルスのサブタイプによらず変化しない領域がある。
その部分を標的とする広範囲中和抗体(broadly neutralizing antibodies, bnAbs)があることも分かっている。
しかし抗体薬を作成するには莫大なお金が必要であり、また点滴で投与することになるので治療を受ける人の負担も少なくない。
ここを標的とした小分子の薬をデザインできれば、インフルエンザ亜種に関係なく使用できる薬が開発できる可能性がある。
そして、そのような小分子を作成し、飲み薬でマウスに投与したところ、インフルエンザによる感染からマウスを守ることができた。
万能インフルエンザウイルス薬の開発
この論文では約50万の化合物ライブラリを使って、この領域に結合する分子を大規模に探索した。その結果、JNJ6715というコード番号の化合物が浮上した。
JNJ6715自体は水に溶けにくいので、溶解性や薬の安定性を改善するために化学的な最適化が行われ、JNJ4796という化合物を作った。
JNJ4796はマウスに経口投与後に良好に吸収されるということも見出している。
次に致死的な量のインフルエンザウイルスを感染させたマウスモデルでJNJ4796をテストした。致死量の25倍のウイルスを感染させたマウスでも、JNJ4796を口から投与したマウスは全例回復した。
下の図の縦軸はマウスの生存率を意味していて、100が全例生存である。横軸は日数だ。黒線の、治療薬を使わなかったマウスと比べ、赤色のJNJ4796を使ったマウスの効果は劇的だ。
人における効き目を検討するために、A型インフルエンザウイルスに感染したヒト気管支上皮細胞を使った3D細胞培養実験も行なったところ、JNJ4796による治療で人でもウイルス力価を低下させることができたという。
今回の研究がもたらす意義
サブタイプ間で共通して効き目を持つ可能性がある小分子を見つけることができたという今回の論文は、毎年予測してワクチンを作る必要が将来的にはなくなる可能性があるということを意味している。
さらにその薬が飲み薬であるというのも非常に魅力的だ。