細胞培養には多くの場合、血清 (けっせい)が必要になります。この記事では、血清やその扱い方の基本を学生さん向けにまとめます。
この記事の内容
血清に含まれているもの
血清は血液を凝固させてその上清をとったものです (血液成分とその役割【血液の基本】もご覧ください)。
血液が凝固する時に、血小板からいろいろな成長因子が放出されるので、血清はそれらの細胞増殖を促す物質や栄養因子などが豊富にあります。
主な細胞成長因子として、EGF、PDGF、インスリン様成長因子 (IGF)があり、プロテアーゼインヒビターであるα1-アンチトリプシンやα2-マクログロブリンは、細胞分散に使うトリプシンなどによる細胞障害を中和する働きがあります。
血清にはもちろん細胞にとってよくない物資、例えば細胞増殖阻害因子や分化促進因子も含まれていて、血清のロットによっては増殖を抑制してしまう場合もあります。特に血清中の補体は細胞に障害を与えてしまう可能性があります。
このような血清をそのまま培地に加えて培養すると、細胞に障害を与えたり細胞が死滅することがあるので、血清の非働化という方法で処理してから使う必要があります。
血清の非働化
血清に含まれる補体成分が活性化されると、細胞に障害を与えることが知られています。そのため、血清を56°Cで30分間加熱して補体成分を不活化することが必要です。特に,血球細胞や血管内皮細胞の培養には非働化血清を使うのがオススメです。
具体的には、補体第一成分(C1) のサブコンポーネントであるC1qと、第2経路であるB因子を熱で不活化させ、これらの経路を止めます。
実際の非働化の手順は、まず冷凍庫から血清を取り出したあと、室温または37°Cでゆっくり (ときどき撹拌しながら) 融解します。すぐ56°Cの熱いウォーターバスに入れるとガラスビンが割れることがあるし、融解過程で沈殿ができる場合もあるので注意が必要です。
融解した血清ビンをビーカーに入った水にいれ、それを56℃のウォーターバスに入れ、血清ビン近くの温水の温度が56℃になったことことを温度計で測定してからさらに30分、56℃で加熱処理をします。
血清ビンを直接ウォーターバスに入れないのは、血清温度がすぐに56℃になるわけではないからです。
非働化により血清タンパク質の一部が凝集したり、脂質の固まりが形成することがありますが、この場合には遠心操作を行い、上清を滅菌フィルターを通した後に実験に使用します。
非働化後の血清は小分けして保存ビンに分注し、-20℃で凍結しておきます。
血清の選び方とロットチェック
いろいろな血清があるので、研究の目的に適したものを選択することが必要です。具体的には、動物種と血清ロットの選択が重要です。
FBSやFCS
多くの場合、ウシ胎仔血清(Fetal calf serum (FCS)やFetal bovine serum (FBS) ) が使われています。この理由は、これらには細胞増殖を抑制するγ-グロブリンがほとんど含まれておらず, 多くの細胞の増殖に都合がよいということが挙げられます。
FCSやFBSは他の血清に比べて同一ロットの量が少なく、また高価なことです。 FCSやFBSよりも安価な仔ウシ血清 (Calf serum, CS) も比較的よく使われています。
他の動物種として、ウマ血清がある種のヒト細胞株の増殖に効果的で使われることがあります。
血清のロットチェック
動物種が決まったら、次はロットチェックを行います。
ロットは、同じ材料から同じ製造過程を経た製品群です。それぞれのロットには番号が振られているので、後で調べることができます。
純度の高いものはロット間のブレはほとんどありませんが、血清は動物個体に大きく依存しているため、ロット差はかなり大きいです。
試薬メーカーでは複数の血清ロットを持っているので、無料のサンプル血清を取り寄せます。取り寄せた血清を使って少なくとも2~3回継代培養して、細胞の増殖や形態が良好か検討します。
2-3回継代培養するのは、ロットチェック用の血清に代えて1回目の培養にはこれまで使用していた血清の影響が残っているため本当の血清ロットチェックにならないからです。
もちろん、各実験に、これまで使っていた血清についてもコントロールデータが必要です。
優良ロットが判明したら, そのロットの血清をまとめて購入し、-20°Cで1年程度は凍結保存して使うことができます。
血清を使わない選択; 無血清培地
細胞培養に血清を利用しない方法もあります。血清のように成分がはっきりと定まっていないものではなく、組成の明らかなもので構成された無血清培地を使います。
無血清培地は、基本培地に細胞調印しやステロイドホルモンなどを添加した組成になっています。
無血清培地のメリットとしては、組成の明らかな成分からできている培地なので血清の影響を受けずに細胞への効果を正確に把握でき、またモノクローナル抗体や細胞が分泌する生理活性因子の精製が簡単になるということがあります。
もう1点、血清による感染のリスクがないということもあります。
従来開発されてきた無血清培地はそれぞれ特定の細胞にしか使えないことが多かったのですが、次々に細胞成長因子や分化促進因子が発見され、これらを添加した無血清培地でいろいろな細胞を培養できるようになってきました。
古くから使われて来た血清ですが、血清を取り巻く環境も変わってきています。今回は血清の基本をお届けしましたが、新たな技術の台頭とともにこの記事も更新していきます。
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まとめ
最後に今回の内容をまとめます。
- 血清を使う前には補体の非働化が必要
- 血清はロットの差が大きい
- いろいろな細胞に使える無血清培地の開発が進んでいる
今日も【生命医学をハックする】 (@biomedicalhacks) をお読みいただきありがとうございました。