重篤な細菌感染症と戦うために、細菌に感染する微生物であるファージを利用して致死的な感染症を克服できたという論文がNature Medicine誌に報告された。原題は「Engineered bacteriophages for treatment of a patient with a disseminated drug-resistant Mycobacterium abscessus」だ。
嚢胞性線維症の少女を救ったバクテリオファージ
嚢胞性線維症 (cystic fibrosis) という遺伝性の病気がある。肺が粘液でつまり、慢性的に感染しやすくなる病気で、根本治療がなく難病に指定されている。
この病気の患者、15歳の女の子は、感染のため正常の肺機能の3割にも満たなくなり、肺移植手術を2017年にロンドンで受けた。
移植後数週間で、医師は手術部位の発赤と肝臓の感染の兆候に気が付いた。Mycobacterium abscessusという、稀な菌による感染症だった。
その後感染は広がり、伝統的な抗生物質はどれもこれももはや効き目がなかった。
そのような知識的な感染症から彼女を救ったのは、細菌に感染し殺すことができるウイルス ( バクテリオファージ) を遺伝子工学的に操作した新しい治療だ。
バクテリオファージ (あるいは単にファージ) は、この電子顕微鏡像と模式図のような小さなウイルスで、遺伝子が多くなく実験的に扱いやすいので、特に20世紀後半にはよく生物学の実験で使われてきた。
遺伝子工学の技術で作り出した改変ファージを少女に投与したところ、半年間で少女の皮膚結節のほぼすべてが消失し、手術部位の創傷も閉鎖され、肝臓の機能が改善したと科学者は報告している。
この図は左側が治療前で右側が治療後である。感染を意味する黒い部分は、ファージ治療後に減少していることがわかる。他のいかなる抗生物質が効かなかったのにも関わらず、だ。
この研究は、人工バクテリオファージの安全で効果的な使用法を実証する最初の報告である。この治療は、薬剤耐性細菌に対抗するための新たなアプローチになる。
将来的にはファージを抗生物質として使用することにもなるだろう。
ファージ療法の現状の課題
各患者に適したファージを見つけることは大きな課題だ。それぞれの患者の感染巣にいる細菌が異なるのだ。
何千ものファージを一緒に混ぜたファージミックスを何種類も用意し、患者のサンプルから検出された細菌を実験室で増やしたプラスチック皿にかける。
もしファージが細菌を殺すことができれば、細菌による白っぽいフィルムをきれいにすることができるのだが、そのようにしてどのファージが効くのかを個別に調べていかないといけない。
ファージハンターの出現と今後の展望
土の中や水中、あるいは空気の中には、10の30乗ものファージがいてそのほとんどは何も分かっていない。
そのファージを調べ、ゲノムを決定し、それがどのような細菌にうまく感染し殺すかを確認する、いわばファージ・ハンターとも言える研究者が外国では増えつつある。
150年ほど前は、新たな細菌を見つける熾烈な競争があり、それによって人類の感染症に関する知識は飛躍的に向上した。
細菌に感染するウイルスを探索するのはたやすいことではないだろうが、ファージハンターの活動が盛んになるにつれて知見が集積し、そう遠くないうちにファージを利用した治療が日常的に行われる日が来るのかもしれない。