アルバート・ラスカー医学研究賞 (ラスカー賞) は、アメリカ医学界最高の賞で、Laskerによって1946年から続いている学術賞です。
ラスカー賞の受賞者のうち、後にノーベル賞を受賞した科学者が多数いることから「ノーベル賞の登竜門」とも言われている、著名な国際賞です。
ラスカー賞は毎年贈呈される基礎医学賞、臨床医学賞と、2年に1度の公益事業賞、医学特別業績賞の4部門からなっていて、2019年は基礎医学・臨床医学・公益事業の3部門の個人・団体に授与されました。
この記事の内容
基礎医学賞: 獲得免疫の発見
2019年のアルバート・ラスカー基礎医学研究賞は、現代免疫学の出発点となった発見をした2人の科学者に贈られました。
Max D.CooperとJacques Millerは、B細胞とT細胞という2つのリンパ球を見つけました。
これは獲得免疫系を構成する最も基本的な細胞であり、この先駆的な研究は、基礎科学および医学における多くの進歩につながりました。
そのうちのいくつかは、モノクローナル抗体や癌に対する免疫チェックポイント阻害薬として病院でも使われるようになってきています。
脾臓や骨髄、胎児肝臓などの造血組織の幹細胞は、T細胞(上段)やB細胞(下段) などに成熟し、獲得免疫を司っています。それぞれの細胞はお互いに作用し合い成熟します。鳥類では、ファブリキウス嚢 (Bursa of Fabricius) がB細胞の発生と抗体の多様化の初期段階を担っているが、哺乳類では同様の段階が骨髄で起こり、一方のT細胞は、それまで不要であると考えられてきた胸腺 (Thymus) で起こります。
受賞対象の主要論文
Max D. Cooper博士
Cooper, M.D., Peterson, R.D.A., and Good, R.A. (1965). Delineation of the thymic and bursal lymphoid systems in the chicken. Nature. 205, 143-146.
Kincade, P.W., Lawton, A.R., Bockman, D.E., and Cooper, M.D. (1970). Suppression of immunoglobulin G synthesis as a result of antibody-mediated suppression of immunoglobulin M synthesis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 67, 1918-1925.
Cooper, M.D., Lawton, A.R., and Bockman, D.E. (1971). Agammaglobulinaemia with B lymphocytes. Specific defect of plasma-cell differentiation. Lancet. 2, 791-794.
Owen, J.J.T., Cooper, M.D., and Raff, M.C. (1974). In vitro generation of B lymphocytes in mouse foetal liver – a mammalian “bursa equivalent”. Nature. 249, 361-363.
Jacques Miller博士
Miller, J.F.A.P. (1961). Immunological function of the thymus. Lancet. 2, 748-749.
Miller, J.F.A.P. (1962). Effect of neonatal thymectomy on the immunological responsiveness of the mouse. Proc. Roy. Soc. 156B, 410-428.
Miller, J.F.A.P. (1962). Immunological significance of the thymus of the adult mouse. Nature. 195, 1318-1319.
Miller, J.F.A.P., and Mitchell, G.F. (1968). Cell to cell interaction in the immune response. I. Hemolysin-forming cells in neonatally thymectomized mice reconstituted with thymus or thoracic duct lymphocytes. J. Exp. Med. 138, 801-820.
2019年ラスカー基礎医学賞の動画
この受賞を解説する動画 (英語) がありますので御覧ください。
臨床医学賞: 乳がん治療抗体ハーセプチンの開発
H.Michael Shepard、Dennis J.Slamon、Axel Ullrichの3人の科学者に授与されました。彼らは、発癌性タンパク質を阻害する初のモノクローナル抗体であるハーセプチンを開発し、乳癌の治療を大きく変えました。
この技術革新により、再発リスクが低下し、転移性および早期癌患者の生存期間が延長します。アメリカでは、のべ230万人以上がこの薬による治療を受けているそうです。
HER2というタンパクが作られているタイプの乳がん患者さんは、左側の早期であっても、右側の転移がある患者さんでも、化学療法のみ (水色) ではなく化学療法にハーセプチンを組み合わせた方 (青) が、予後を改善できます。
受賞対象の主要論文
Coussens, L., Yang-Feng, T.L., Liao, Y.-C., Chen, E., Gray, A., McGrath, J., Seeburg, P.H., Libermann, T.A., Schlessinger J., Francke, U., Levinson, A., and Ullrich, A. (1985). Tyrosine kinase receptor with extensive homology to EGF receptor shares chromosomal location with neu oncogene. Science. 230, 1132-1139.
Hudziak, R.M., Schlessinger, J., and Ullrich, A. (1987). Increased expression of the putative growth factor receptor p185-HER2 causes transformation and tumorigenesis in NIH 3T3 cells. Proc. Natl. Acad. Sci. 84, 7159-7163.
Slamon, D.J., Clark, G.M., Wong, S.G., Levin, W.J., Ullrich, A., and McGuire, W.L. (1987). Human breast cancer: correlation of relapse and survival with amplification of the HER2 protooncogene. Science. 235, 177-182.
Hudziak, R.M., Lewis, G.D., Shalaby, M.R., Eessalu, T.E., Aggarwal, B.B., Ullrich, A., and Shepard, H.M. (1988). Amplified expression of the HER2/ERBB2 oncogene induces resistance to tumor necrosis factor-alpha in NIH 3T3 cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 85, 5102-5106.
Slamon, D.J., Godolphin, W., Jones, L.A., Holt, J.A., Wong, S.G., Keith, D.E., Levin, W.J., Stuart, S.G., Udove, J., Ullrich, A., and Press, M.F. (1989). Studies of the HER-2/neu proto-oncogene in human breast and ovarian cancer. Science, 244, 707-712.
Hudziak, R.M., Lewis, G.D., Winget, M., Fendly, B.M., Shepard, H.M., and Ullrich, A. (1989). p185HER2 Monoclonal antibody has antiproliferative effects in vitro and sensitizes human breast tumor cells to tumor necrosis factor. Mol. Cell. Biol. 9, 1165-1172.
2019年ラスカー臨床医学賞の動画
この受賞を解説する動画 (英語) がありますので御覧ください。
公共事業賞: ワクチンの普及
2019年の公共事業賞は、Gaviワクチン連合 (Gavi, the Vaccine Alliance) に贈られます。
Gaviは、世界中の小児へワクチンを継続的に提供し、何百万人もの命を救い、病気を予防するための予防接種の威力を示したことが評価されています。
最新の科学的進歩を活用して、Gaviは手頃な価格で十分なワクチン供給を実現しました。これまでに7億6000万人以上の子どもたちの予防接種を支援し、73カ国で1300万人以上の命を救ってきた実績があります。
2019年ラスカー公共事業賞の動画
この受賞を解説する動画 (英語) がありますので御覧ください。
関連する国際医学賞
同じ年のノーベル賞についても解説記事を書いています。
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まとめ
最後に今回の内容をまとめます。
- 基礎医学部門はB/T細胞の発見
- 臨床医学部門はハーセプチン開発
- 公共事業部門は途上国へのワクチンの普及
今日も【医学生物学のポータルサイト】生命医学をハックするをお読みいただきありがとうございました。