大腸菌は1世代20分と増殖が極めて速いので、さまざまな分子生物学研究にツールとして使われています。
遺伝子操作をするためには、大腸菌内のベクターが安定していることが不可欠ですが、そのために改良された大腸菌が使われてきました。
この記事では大腸菌の遺伝子型の読み方を、学部学生さん向けに解説します。
制限系の基本
大腸菌は、自己と非自己を「メチル化」で識別しています。
哺乳類の免疫系のような外来DNAを分解するシステムが大腸菌にもあり制限系といわれています。
実験的によく使われているK-12という大腸菌株には3つの制限系が知られていて、それはhsd遺伝子によって規定されているEcoK制限系、mcr遺伝子によるMcr制限系、mrr遺伝子によるMrr制限系です。
EcoK制限系
EcoK制限系では、AAGTGCあるいはGCACGTTのAがメチル化されていないDNAは外来から来た異物として分解されます。
大腸菌自身はこの部位がメチル化されているのですが、それはEcoKメチラーゼが行っています。
Hsd遺伝子は1つのオペロンから造られる3つの遺伝子 (hsdR, hsdM, hsdS) からなっていて、これらが3つのサブユニットとして働いてEcoK制限系を担っています。
このどれかを欠損させれば制限性を欠如できる (もちろん全て欠損させればより完全に欠如できる) ことになります。
Mcr制限系とMrr制限系
EcoK制限は、メチル化されていないものを壊すシステムでした。Mcr制限系/Mrr制限系はこの逆、つまりメチル化されているものを外来DNAとして壊します。
Mcr制限系は3つの遺伝子 (mcrA, mcrB, mcrC) から構成され、そのうちのどれかを欠損させるだけで制限性が失われます。
Mrr制限系でも同様です。
組み換え系の基本
大腸菌内では、遺伝的組換えが頻繁に起こっています。
これは環境の変化に耐えるmutantを作り出すという意味では有利ですが、遺伝子操作の観点からは不利です。
組換え反応にかかわるタンパク質をコードする遺伝子rec (recombination) が少なくとも6つ (recA, B, c, D, F, J) あり、これらのうち特にrecAを欠損させた大腸菌を使うべきです。
タンパク分解系の基本
大腸菌の中では、プラスミドから発現させたタンパクは容易に分解されてしまいます。
大腸菌の中に大量にあるタンパク質分解酵素が原因です。
Lonという遺伝子を変異させた場合、ある種の真核生物タンパクは分解されずに大量に発現することができます。
遺伝子型記述の原則
実験的によく使われている大腸菌は、もともと1つの分離株K-12に由来するものです。
いろいろな実験目的に改良された、さまざまな亜株が存在します。
それらは遺伝子型 (genotype) で記述されるのですが、少なくとも調べれば読み取れるように遅くとも大学院を卒業するまでにはならないと生命科学系の研究を続けるのは難しいでしょう。
まずはいくつかの原則があるのでそれを紹介します。
2. 欠損遺伝子は斜体・小文字・3文字表記で示すのが慣わし。略記された遺伝子が何かを推測しやすくするため、遺伝子の機能を反映する頭文字を選ぶ (dam, DNA adenine methylaseなど) か、あるいは最初の3文字を選ぶ (rec, recombination) ことが多い。もし3文字で表現する遺伝子が複数ある場合には、4文字目を大文字でつける。例えばrecA, recB, recC, recDなどの例がある。
3. 制限系 (r)あるいはメチル化酵素系 (m) の遺伝子は, hsdR2 (rk-, mk+) のように、かっこの中のr/mそれぞれについて下付き添字で示す。ちなみにこの場合、hsdR2遺伝子欠損でEcoK制限系が欠損して制限はされないが、EcoKメチル化系は機能していてこの大腸菌で増殖させたDNAはメチル化を受けることを意味。
4. いくつかの遺伝子を連続して欠損している場合は⊿ (mcrC-mrr) のように書く。具体的には両端の遺伝子名をハイフンで結んでカッコの中に入れ、その前に⊿を書く。あくまで「両端」を書いているだけであり、「間」にある遺伝子も書かれていなくても欠損質得ることに注意
5. 溶原性ファージやプラスミドは存在しないことを強調する (例えばF-) ことの方が多い。しかしながら、存在を協調したい時には+をつけずにそのまま表記する (Fなど)。
6. ある遺伝子の置換は::記号を使う。例えばtrpC22::Tn10はtrpC22という遺伝子をTn10という遺伝子で置き換えたという意味である
7. そのh化、特殊な表記法が習慣化されている場合がある。例えばアンバー変異はamと書くし、温度感受性株 (temperature sensitive) はtsと表記する
遺伝子型の解読の例
各記号が何を意味するのかはこちらのページなどに詳しく書かれていますので割愛します。
実際に解読してみましょう。例として遺伝子組み換えの黎明期によく使われていたDP50supF株を取り上げます。
dapD8変異: 自然界にほとんどない非常に珍しいアミノ酸ジアミノピメリン酸存在下でのみ細胞壁を合成できる
Δ(thyA57)変異:チミジンがないと生育できない
Δ(gal-uvrB)47変異: gal遺伝子からuvrB遺伝子までの範囲を欠損しているので、ラクトースを栄養源として利用できず、紫外線にあたると死ぬ
つまりこれらは自然界や体内ではまず生き残れないようになっているということを意味しています。
他に、
tonA53: T1ファージが感染できない
gyrA29: 抗菌化合物ナリジクス酸に対して抵抗性
hsdS3(rB- mB-): 制限性もなく、外来DNAはメチル化もされない
このように、遺伝子型を読めるとそれぞれの大腸菌の特性がよく分かるようになります。
例えば大腸菌からミニプレップでキットを使わずにプラスミドを回収する時、昔の人は前例必ずフェノクロによる除タンパクをしていました。
なぜならばエンドヌクレアーゼによってせっかくのプラスミドDNAが壊されるのが嫌だからです。
しかしながら、実際にはendA1というエンドヌクレアーゼが欠損している大腸菌を使えばプラスミドをとった後にフェノクロをする必要は全くありません。
具体的にはDH5α, JM109, XL1-Blueなどの大腸菌株が該当します。
まとめに代えて
この記事では、大腸菌の遺伝子型の読み方を説明しました。
「Molecular Cloning」などの定評のある実験書には、それぞれの遺伝子型の意味もしっかりと書かれています。
図書館にあるでしょうからチェックしてみてください。
また、遺伝子工学には他にもさまざまなテクニックがあり、「基礎から学ぶ遺伝子工学」という本にはそれらが分かりやすいイラスト入りでまとまっています。
遺伝子型を (調べれば)) 読めるようにして、より効率的な実験を目指しましょう。
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