実験に使う大腸菌K-12株と枯草菌の歴史 【モデル原核生物】
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【生命医学をハックする】運営者 (@biomedicalhacks)。生命科学研究者、医師・医学博士。プロフィールはこちら

生命科学・医学研究において大きな貢献をしてきたモデル微生物は、大腸菌と枯草菌です。

特に大腸菌は初期の分子生物学研究に大きな役割を果たしてきました。

この記事では、学生さん向けにこの2大モデル微生物の歴史を簡単に振り返り、そして有用なツールを最後に紹介します。

大腸菌K-12株が使われ始めた理由

生命科学の教科書には必ずのっている、20世紀初頭のMorganらが行った「遺伝する物質」(今の遺伝子) が染色体上に存在することを示したショウジョウバエの実験。

この研究から組み換え頻度をもとにした世界初の遺伝地図が作られたわけですね。

そのMorganのもとでポスドクをしていたBeadleとTatumは、アカパンカビ (Neurospora crassa) にX線照射して突然変異体を作り出し、ビタミンやアミノ酸など栄養要求性に関わるmutantを次々に分離しました。

Tatumは独立後、アカパンカビから大腸菌研究に乗り換えることにします。なぜなら簡単に培養できるという大きなメリットがあったからでした。

そこで選んだのは、現在の実験大腸菌の大元にあたるK-12株でした。

もともとは1922年にジフテリア患者から分離されたもので、当時は他の株とともにスタンフォード大学の実習用に保管されていました。

このK-12株は、長い保存期間のためか細胞表層にあるO・N抗原 (糖抗原) を失い、またバイオフィルムを形成する能力も失っていたため、ヒトに無害な組み替え体の宿主として安心して使えるということで選ばれました。

大腸菌K-12株が切り開いた生命科学研究

当時の遺伝学の基本は、オス・メスの掛け合わせによって遺伝子の相対的な位置を決めることでした。

Tatumのもとで学生をしていた当時22才だったLederbergは、1947年に有性生殖する細胞では当たり前のこの概念が大腸菌にも存在することを発見します。

1952年にはこの現象が2つのsex typeで起こる接合であることを見出し、これを使って大腸菌の遺伝子操作の最初の道筋がつけられました。

その後、ファージを介した遺伝子導入ができること、形質転換体の作成法の発見などが続きます。

ファージやプラスミドの外来遺伝子の研究から薬剤耐性遺伝子が見つかり、ファージ感染時の外来遺伝子の認識機構から制限酵素が、DNA複製の研究からDNA ligaseやDNA polymeraseが生化学的に精製されました。

さらにこれらを応用した遺伝子クローニング法も考案されています。

こうしてK-12株が使われはじめて50年の間に、今日の分子生物学につながる基盤技術が一気に花ひらいたのです。

大腸菌株の有用なツール

大腸菌の突然変異体は数多く分離され、論文として報告されてきました。

これらはイェール大学のColi Genetic Stock Centerや、国立遺伝学研究所などで分譲してもらうことができます。

今日では、全ゲノム解析の終了や、次世代シークエンス技術・大規模データの情報解析技術の進歩もあり、大腸菌の遺伝子はすべて予測することができますし、大腸菌版のWikipediaであるEcoliWikiにもさまざまな情報が共有されています。

どの遺伝子が最低限必要なのかを調べるために、大腸菌の遺伝子をすべて薬剤耐性遺伝子で置換して破壊するというプロジェクトも行われていますし、全ての遺伝子がそれぞれ発現ベクターにクローニングされたリソースも利用可能です。

枯草菌の簡単な歴史とツール

この記事の最後に枯草菌を少しだけ紹介します。

学生さんにとって「枯草菌」という言葉はあまり馴染みがないかもしれませんが、枯草菌の一種が納豆菌なので、生活にそれなりに関わっている菌でもあります。

枯草菌がすごいのは、大腸菌よりも大きな (数百kbの) プラスミドを取り込めること、そしてさまざまな物質を生産する能力が高いことです。

特に産業応用において、枯草菌に大きな注目が集まっています。

実験で使われている枯草菌は168株由来で、これは1832年に書かれたEhrenbergの記載まで遡ることができる由緒正しき系統です。

大腸菌と同じく遺伝子破壊株が利用可能ですし、国立遺伝学研究所のページで他にもさまざまな有益な情報が公開されています。

まとめに代えて

この記事では、大腸菌K-12株の簡単な歴史と有用なツール、そして枯草菌のちょっとした紹介を学生さん向けに行いました。

「イクロバイオームの世界――あなたの中と表面と周りにいる何兆もの微生物たち」という本では、他にもたくさんの知られざる微生物を読み物形式で勉強することができます。

また、今回紹介した2つを含め、研究に欠かせないモデル生物については「小さくて頼もしいモデル生物」という本にコンパクトにまとまっています。

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