大腸菌は典型的な細菌であり、分子細胞生物学における「長さ」を特徴づける一種の定規として使うこともできます。
この記事では、生物学・生命科学を学ぶ学生さん向けに、大腸菌の大きさについて少しだけ掘り下げて見ていこうと思います。
大腸菌の大きさと質量
大腸菌の大きさ
大腸菌の形は、半球状のキャップが付いた円柱として近似することが一般的です。
光学顕微鏡・電子顕微鏡を用いた観測の結果、およそ直径1 um (マイクロメートル). 長さ2 umであり、ここから大腸菌1つの体積は1 um^3 (1fL, フェムトリットル) と計算できます (BNID 101788)。
大腸菌の質量
それでは大腸菌1つの重さはどれくらいでしょうか?
体積が分かったので、ここから概算してみます。最も簡単な推定法として、大腸菌細胞が水と同じ密度を持つと仮定することです。
この結果、大腸菌1つの質量はおよそ 1 pg (ピコグラム) になることが分かります。
実際、ほとんどの細胞はその2/3が水であり、その他の成分 (タンパクなど) の密度は水の1.3倍なので、10%程度の誤差はあるものの「全部水と同じ密度」として計算しても大腸菌の質量をだいたい推定できています。
大きい大腸菌ほど早く増殖する
大腸菌の大きさについての研究から、「細胞の大きさと増殖の速さには正の相関がある」という性質が見つかりました (Cell-Size Control and Homeostasis in Bacteria. Curr. Biol. 2015)。
長期間の進化実験によって、より速く増殖する細胞はそのサイズが大きいことが導かれています。
つまり、大腸菌のような (一見同じものに見える場合でも) 一言で「細胞」とまとめるのはリスクも大きいということです。
同様のことは実は古くから研究されていて、例えば1958年に発表された有名な研究 (Dependency on Medium and Temperature of Cell Size and Chemical Composition during Balanced Growth of Salmonella typhimurium. J. Gen. Microbiol. 1958) では、100分に1回分裂する細菌から24分に1回分裂する細菌まで、5段階の倍加時間の細胞サイズを調べ、倍加時間が短い (速く増殖する) 細菌は細胞が大きいということを示しています。
これは細菌だけの傾向ではなく、他の生物 (例えば出芽酵母など) でも見いだされています。
なぜ細胞サイズと増殖時間に相関があるのかは、今日でも議論されていて決着はついていません。
逆に言えば、若い学生さんでもアイデア次第で大きな発見につながる余地が残っているということでもあります。
細菌のサイズを普段から気にすることはあまりないでしょうが、研究のネタはどこにでも転がっています。
細胞の体積を測定する方法
今日では、細胞の大きさを測定することはそれほど難しくありません。
例えば、細胞が小さな穴を通過する際の電気抵抗の変化を調べることで休態を推定するコールターカウンターという機械もありますし、フローサイトメトリーという機械では細胞を流すだけで「大きい細胞」「小さい細胞」などに分けることができます。
1細胞レベルでキャプチャーできる流体力学を応用したマイクロ装置も出てきました。
まとめに代えて
この記事では、大腸菌の大きさをまず紹介し、その後に質量の推定方法や、大腸菌の大きさと増殖速度には関係があるという興味深い話もしました。
生命科学を専門にすると、どうしても他の理系 (物理・化学など) の方と比べて数字で考える機会は少なくなってしまいますが、常に数字を頭の片隅に入れておくというのは科学である以上とても大切なことです。
数でとらえる細胞生物学という本は、生命科学に出てくる「数」を分かりやすく紹介してくれる、ありそうでなかった画期的な本です。
これはちょっとした読み物になりますが「量子力学で生命の謎を解く」という本も数字から生命科学の本質に迫れ、量子力学を何も知らなくても読めるように工夫されています。
また、大腸菌に関する当サイト生命医学をハックするの人気記事としては
などもありますので、合わせて読むと役に立つでしょう。
今日も【生命医学をハックする】 (@biomedicalhacks) をお読みいただきありがとうございました。当サイトの記事をもとに加筆した月2回のニュースレターも好評配信中ですので、よろしければこちらも合わせてどうぞ