肺炎をはじめ細菌による感染症はいつの時代も見られる。
細菌について勉強すると、個別の細菌について1つずつ覚えていく暗記になりがちだ。しかし個別の菌について勉強する前に知っておくべき基本がある。それを執筆者の体験を踏まえて抜粋した。
ここでは、個別の各論ではなくどんな細菌にも当てはまる基本的な原理原則を見ていこう。
この記事の内容
細菌の構造は人の細胞とは大きく異なる
細菌は1個の細胞からできていて、中には遺伝情報の核酸と、いくつかの蛋白質などが含まれている。細菌は原核生物であり, 真核生物である人の細胞とは構造が大きく異なる。
細菌の多くはヒトと異なり, 細胞壁をもっている。「菌」という漢字に草冠がついており、植物に近い)。原核生物が人と異なることを利用して、抗菌薬が作られている。
細胞壁
細胞壁 (cell wall) の主成分はペプチドグリカン peptideglycanという、糖類とペプチドが網目構造をとった堅い物質である。2種類の糖誘導体が交互につながり、ペプチドはD型とL型のアミノ酸が交互に4個つながっている構造である (組成は菌によって変わりうる)。模式的に糖類を大きい丸で、ペプチドを小さい丸で書くとこのようになる。
この細胞壁は抗生物質の標的として優れている。
ペプチドグリカンは、まず細菌の中でN-アセチルグルコサミン (NAG) とN-アセチルムラミン酸 (NAM) という2種類の糖が交互に結合したグリカンがさらにペプチド結合し, ペプチドグリカン前駆体となる。これは細胞膜外に輸送された後, ペプチド同士が架橋形成反応を起こし, 結果的に網目のように絡み合ったペプチドグリカンができる。この架橋形成反応を阻害することで十分の細胞壁ができなくするのが、今でもよく使われている抗生物質の一種βラクタム系である。
グラム陰性菌は細胞壁のさらに外側に外膜 outer membrane をもっていて, これがGram染色の染まり方の違いにつながる。
一部の細菌は菌体の外に分泌された莢膜 capsuleというゲル状物質で覆われている。莢膜は白血球の貪食への防御を行うので、莢膜をもつ細菌は病原性が強くなる。
細胞膜 cytoplasmic membraneは人と共通でリン脂質から構成されているので、ここを標的にすることはできない。
核 nucleus
細菌は原核細胞なので核膜がない。さらに、真核細胞のように何本かの染色体になるのではなく、細菌のDNAは単に長い1本の糸でしかない。
細胞質 cytoplasma
細菌の細胞質にはミトコンドリアがない。その代わり、好気性菌には同じような酵素が細胞質内に散在している。
リボソームは存在するが、真核細胞とは大きさが違う。翻訳装置であるリボソームは雪だるまのような形をしていて、large subunit (大亜粒子) とsmall subunit (小亜粒子) から構成される。
人を含む真核細胞のリボソームでは沈降係数が 60s (large subunit)と40s (small subunit) で、2つセットでは (足し算ではなく) 80sになる。
一方、原核細胞の場合、リボソームの沈降係数が50sと30s (合計で70s) であり、この違いは治療標的になる。アミノグリコシド系の薬などはまさにこの違いを狙った抗生物質だ。
細菌はなぜ抗生物質耐性になるのか
耐性とは微生物が薬剤に対して抵抗性になる現象で, そのように耐性になってしまった菌を耐性菌 resistant bacteriaという。
初めから耐性の場合もあれば (自然耐性 natural resistan ce)、同じ薬剤に繰り返し暴露されているうちに進化して耐性になった場合 (獲得耐性 acquired re sistance) もある。
獲得耐性の例: 黄色ブドウ球菌とペニシン
歴史的に有名な例として黄色ブドウ球菌があげられる。
人類が最初に手にした抗菌薬はペニシリンG(PCG) で、黄色ブドウ球菌に対して強い抗菌力を発揮した。
ところが, PCGは細菌が分泌するBラクタマーゼに加水分解されやすいという弱点があった。
黄色ブドウ球菌はもともとはBラクタマーゼを産生しなかったのだが, そのうちBラクタマーゼ産生能力を獲得し, PCGが全く効かなくなってしまった。
対して, 人類はBラクタマーゼで加水分解されないタイプのペニシリン (メチシリン methicillinなど) を開発した。 ところが, 黄色ブドウ球菌は別の機序でメチシリンにも耐性を獲得し, 再び抗生物質が効かなくなってしまった。
それに対してまた人は抗生物質を作り、といういたちごっこが現在も続いている。
耐性獲得の広まり方
細菌はなぜそれほど早く環境の変化 (= 人間の抗生物質の使用) に適応できるのだろうか?
その理由は主に2つある。
1. 人間と違い細菌は単なる分裂で増える (条件がよければ20分で倍になると言われている) ので、そのつど突然変異するチャンスがある。自然淘汰によって薬への耐性を獲得した細菌だけが繁殖でき増えていく。
2. 細菌の遺伝情報は核だけではなく, プラスミド plasmidにも存在している。これは細胞質内のDNAのことだ。細菌は「キス」(接合) するだけでプラスミドの情報を相手の細菌に伝えることができるので、薬剤耐性になるために有利な情報はあっという前に広まってしまう。
薬剤耐性のメカニズム
薬剤耐性のメカニズムはさまざまだ。
まず、抗生物質を分解する酵素を作るという手段 (抗菌薬の不活性化)がある。典型例はBラクタマーゼの産生だ。
第2に, 細菌の構造を変化させ抗生物質が取りつけなくするという方法 (抗菌薬親和性の低下) がある。
さらに、細菌内に一度入り込んだ抗生物質を外に汲み出してしまう(能動的排出) 方法や、そもそも抗生物質が中に細菌の中に入れないようにするという方法 (膜透過性の低下) もある。
好気性か嫌気性か、それが重要だ
細菌のエネルギー代謝についても少し知っておこう。
人は呼吸によって酸素を取り入れ, 有機物質からエネルギーを取り出しているが、これを好気性代謝という。一方で、細菌の場合には呼吸によってエネルギーを獲得するものもあれば, 発酵によって獲得するものもある。
発酵は酸素を使わない代謝で、不完全な分解にとどまるので,獲得できるエネルギーは大幅に少なくなる。これを嫌気性代謝という。
ほとんどの細菌のエネルギー源は糖分で、ピルビン酸を作る。ここまではヒトと同じだが, そこから先は細菌ごとにさまざまだ。
ブドウ球菌はピルビン酸から乳酸を作る (乳酸発酵)し、大腸菌などの腸内細菌は乳酸以外にも酢酸を作る(酢酸発酵) のと同時にガスを 産生する。なかにはエタノールを作る細菌もある (エタノール発酵)。
医療従事者にとって大事なのは好気性菌と嫌気性菌の区別だ。「嫌い」にも2通りあり, そのうち「死ぬほど嫌い」な偏性嫌気性菌は酸素が存在すると死滅してしまう。
そのためこのタイプの菌を検査するためには酸素が入らない特殊な容器を使う必要があることは知っておくべきだ。
2つのタイプのもう1つは「酸素があってもかまわ ない」タイプで通性嫌気性菌という。どちらかというとこちらの方が偏性嫌気性菌よりも多い。
まとめ
いかがだっただろうか? これらの基本的な知識を頭の隅に置いた上で、個別の細菌について調べれば、より理解が深まると思う。
どの医療現場でも必要になる細菌の知識、しっかり復習しておこう。