シンガポールとマサチューセッツ工科大学 (MIT)の研究者たちが、細胞の中心部「核」を研究する新たな方法を開発しNature Communications誌に報告しました。原題は「Studying nucleic envelope and plasma membrane mechanics of eukaryotic cells using confocal reflectance interferometric microscopy」です。
核の形を非侵襲的に調べる手法を開発
「核」は細胞のいわば中枢であり、ここに遺伝物質であるDNAなど重要な情報が収められています。
現在の核研究の方法は、核を引っ張るなどの機械的操作を加えるか、核の中に蛍光プローブを注入して可視化することが必要な、侵襲的なものです。これらのアプローチは両方とも、もともとの細胞の特性を変化させてしまうかもしれません。
今回新しく作られた技術では、共焦点反射干渉顕微鏡を使い、ナノメートルスケールの核膜や細胞膜のゆらぎを検出できるというものです。これにより、癌転移や遺伝性疾患における核の「硬さ」がもたらす役割などの重要な生物学的問題をより理解することができるようになります。
今回のシステムは非侵襲的に観測できるので、共焦点反射干渉顕微鏡を使えば、本来の性質に影響を与えることなく, 細胞の核を研究することができます。
現在のところ、数分で約100個の細胞を研究できるが、将来的にはシステムをアップグレードして数万個の細胞が調べられるよう技術を向上させることができると科学者たちは考えています。
核と病気の関わり
今回の技術開発により、どのような医学的なメリットがあるでしょうか?
今日では、ストレスを受けたときに細胞の核がどのように変化するかを調べる方法がないため、多くの疾患が完全には解明されていません。
例えば、がん細胞は血管壁を通って血流に入り、新たな部位に入ったときに転移巣をつくりますが、がんの転移には核の形が重要な役割を果たします。
このため、がんの形成、診断、治療を理解する上で、核を研究することが必要です。
今回、研究者らは、この新しい干渉顕微鏡を用いて、機械的ストレスを受けたがん細胞、特に血管外に出ようとしているがん細胞を研究しており、新たながん治療への道を開いています。
さらに、科学者たちは同じ技術を使って、早老症などのまれな遺伝病を引き起こす核の病気の影響を研究することもできます。
「早老症」は名前の通り異常に早く老化が進行する病気ですが、その原因の一端として核膜の構造異常が指摘されています。
右上の正常の場合は核膜 (緑色) が丸く保たれているのに対して、右下の早老症の場合はこれがでこぼこしています。
細胞治療にも使える可能性
この共焦点反射干渉顕微鏡は他の分野にも応用できるでしょう。例えば、この技術は生体組織内の細胞力学を研究することにも使えます。この新技術によって、科学者たちは肝臓などの体の主要な器官での現象に新たな光を当てることができ、より安全で正確な細胞治療につながります。
今回の論文の筆者が所属するシンガポールでは細胞療法が大きな注目を集めていて、シンガポール政府は最近、医療用の細胞製造に8000万シンガポールドル (約60億円) の追加投資を行うことを発表しました。
まとめ
最後に今回の内容をまとめます。
- 共焦点反射干渉顕微鏡を使えば非侵襲的に核膜の構造を調べることができる
- がんの転移や早老症研究には特に核膜についての知見が不可欠
- 細胞治療等にも今後は応用されていく可能性
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