2020ノーベル医学生理学賞【C型肝炎ウイルスの発見】
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ノーベル生理学医学賞は広い意味でのライフサイエンスにおいてパラダイムシフトを起こした学者に授与されます。2019年は低酸素に対する応答に関する研究で3人の科学者に授与されました。

この記事では2020年度のノーベル医学生理学賞についてまとめます。

2020年ノーベル賞:C型肝炎ウイルスの発見

2020年のノーベル生理学医学賞は、肝硬変や肝がんといった世界中で問題となっている病気を引き起こすウイルスであるC型肝炎ウイルスの発見に多大な貢献をした3人の科学者に贈られました。

この発見の前にも、肝炎を引き起こすウイルスとしてA型肝炎ウイルスとB型肝炎ウイルスが分かっていましたが、血液を介してうつる肝炎の大部分は原因不明でした。

C型肝炎ウイルスの発見により、慢性肝炎の原因が分かり、例えばそのウイルスを標的とした治療法の開発や、例えば輸血等の前にC型肝炎ウイルスがいないか検査をすることで感染を防ぐことができ、たくさんの方の命が救われたといっていいでしょう。

この記事の残りの部分では、C型肝炎ウイルスについて簡潔に紹介します。

これまで分かっていたことと課題

肝臓の炎症、つまり肝炎は、アルコール中毒やさまざまな毒素・自己免疫疾患でも起こりますが、最も重要な原因はウイルスです。

1940年代には、感染による肝炎には大きく2つのタイプがあることが分かりました。

1つ目はA型肝炎と名付けられ、これは汚染された水や・食べ物で感染し急性の肝炎を引き起こしますが、その経過は概ね良好で、長期的な影響がでることはほとんどありません。

もう一つのタイプは、血液・体液によって感染するタイプでB型肝炎と呼ばれました。B型肝炎は、A型肝炎と違い長期的に続く慢性肝炎を引き起こし、それがやがて肝硬変や肝臓がんといった病気を引き起こす可能性があるので、大きな脅威となっています。

実際、血液による肝炎は、死亡率とも深い関連があり、残念ながら今日でも世界中で年間数百万人もの方が亡くなっていて、エイズや結核と並ぶ世界的な健康問題の1つです。

感染症をコントロールする最良の方法は、まず感染の原因となる物質を特定することが一番です。

1960年代、バルーク・サブランバーグは、血液を介する肝炎の一部の原因であるB型肝炎ウイルスを発見し、これが診断法や有効なワクチンの開発につながりました。

この発見により、ブランバーグは1976年にノーベル医学生理学賞を受賞しています。

non-A, non-B肝炎の発見

当時、米国国立衛生研究所 (NIH)にいたハーベイ・J・オルターは、輸血を受けた患者と肝炎の発生について研究していました。

新たに見つかったB型肝炎ウイルスを調べることで、輸血による肝炎は減少傾向があったものの、不思議なことにそれでもまだたくさんの方が輸血後に慢性肝炎を起こしていることを見つけました。

A型肝炎ウイルス感染の検査もこの頃には開発されていて、A型肝炎ウイルスも献血の中にはいないということも分かっていました。

アルターと同僚たちは、輸血後の慢性肝炎患者さんの血液が、人間だけでなくチンパンジーにも肝炎を引き起こすことを示しています。

このことは、血液の中にAでもBでもない未知の病原体が潜んでいることを意味しています。そのため、この謎の病気は、「non-A、non-B」肝炎として知られるようになりました。

C型肝炎ウイルスの発見

その原因ウイルスを同定しようと、多くの科学者たちが当時の技術を総動員したものの、原因ウイルスは見つからないまま10年以上がたちました。

製薬会社カイロン社にいたマイケル・ホートンは、当時徐々に開発されつつあった新しい方法である分子生物学を使って、ウイルスの遺伝子配列を単離するというプロジェクトを開始します。

ホートンらは、感染したチンパンジーの血液中に含まれる核酸を集めました。これらの大部分は、チンパンジー自身の遺伝情報 (ゲノム)に由来するものでしょうが、ホートンたちは未知のウイルスに由来するものもそこにあるだろうと仮設を立てたのです。

これらを発現ベクターに入れ、タンパクをつくります。同時に、肝炎患者から採取した血液中にはすでに未知のウイルスに対する抗体があるだろうと仮定して、患者さんの血清を使って、チンパンジーの血液由来の発現ライブラリーのスクリーニングを行いました。

包括的な検索の結果1つの陽性クローンが見つかり、このクローンはフラビウイルス科に属する新規のRNAウイルスに由来することが分かりました。

このようにしてC型肝炎ウイルスが見つかったのです。

C型肝炎ウイルスの自己複製にかかわる領域の発見

C型肝炎ウイルスの発見は決定的でしたが、研究者らはまだ確証を持っていませんでした。

つまり、このウイルスがどのように自己複製して肝炎を引き起こすのかということについてはこの段階ではまだ分かっていないからです。

ワシントン大学のチャールズ・M・ライス研究員は、C型肝炎ウイルスのゲノムの末端に、これまでには明らかにされていない領域があることを発見し、そこがウイルスの複製に重要な役割を果たしているのではないかと仮設を立てました

遺伝子操作によりC型肝炎ウイルスのRNA変異体をつくり、これをチンパンジーの肝臓に注入することで、その場所がウイルスの複製に必要であり、C型肝炎ウイルスが慢性肝炎を引き起こすことを見つけました。

まとめに代えて

この記事では2020年のノーベル医学生理学賞について概略を解説しました。

この一連の発見により、現在では献血で提供された血液についてC型肝炎ウイルスがいないことを確認しており、輸血によるC型肝炎発症は著明に減少しました。

またC型肝炎ウイルスに対する有望な治療薬も開発されてきており、C型肝炎ウイルスは以前ほどは怖い病気ではなくなっています。

このように今回のノーベル賞により世界中の人々の健康が大きく改善したといえるでしょう。

ノーベル賞はその発見から長い年月を経て授与されることが多く、その功績は生命医学研究を大きく変えるものばかりです。その発見はドラマチックで「ノーベル賞117年の記録」などあまりなじみがなくても読める本もあります。

当サイトでもノーベル賞につながった発見を物語にしてまとめていますのでもしよろしければこちらもどうぞ

細胞周期・チェックポイントの解明 【2001年ノーベル医学賞を解説】
遺伝子改変マウス作製の歴史 【2007年ノーベル医学賞解説】

今回の発見もライフサイエンスの「常識」を大きく変えたものでした。現時点では速報性を重視して概略のみのご紹介でしたが、いずれ裏話などを追記していきます。

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