CRISPRによるRNA編集 【ゲノム編集以外の使い道】
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ゲノム編集ができるCRISPR (クリスパー) 技術は、もともとの使い道以外にも、RNA編集やエピゲノム編集、可視化など幅広く使用されています。

この記事では、バイオテクノロジー業界で注目されているCRISPRのゲノム編集以外の応用についてまとめました。

ゲノム編集ツールCRISPR (クリスパー)はRNAも標的にできる

ノーベル賞が確実視されている技術であるCRISPR (クリスパー) が遺伝子 (ゲノム) 編集を行うツールであることはCRISPR-Casによるゲノム編集 【2010年代の総まとめ】で紹介しました。

このようにCRISPR-Cas系はDNAを標的とすることができますが、もともとはRNAを操作することはできませんでした。RNAiなどの他の技術が必要だったのです。

RNAに特異的に結合したり切断するCRISPR–Cas技術が開発されたことで、生細胞におけるRNA操作がいろいろできるようになってきました。

RCas9

Cas9は、ssDNAにアニーリングするPAM提示オリゴヌクレオチド (PAMmerと呼ばれています)を使うことで、1本鎖DNAを標的にして切断することができます (DNA interrogation by the CRISPR RNA-guided endonuclease Cas9. Nature 2014)。

これと同様にPAMmerを使えば、Cas9を使って一本鎖のRNAを標的にできることが示されました (Programmable RNA recognition and cleavage by CRISPR/Cas9. Nature 2014)。

DNAではなくRNAを特異的に標的とするために、PAMmerを、ゲノムDNA上にはPAMがない場所のRNA配列について設計します。このRNAターゲッティングCas9はRCas9と呼ばれ, guide RNAとPAMmerのみを用意すればRNAを切断できるようになります。

例えば、マイクロサテライト反復性の疾患によるRNAを特異的に除去するという介入研究も行われています (Elimination of toxic microsatellite repeat expansion RNA by RNA-targeting Cas9. Cell 2017)。

切断活性のないdCas9を使えば、RNAに結合できるRCas9が得られます。アフィニティータグなどをゲノムにノックインしなくても内在性のRNAを検出でき便利です (Programmable RNA tracking in live cells with CRISPR/Cas9. Cell 2016)。

Cas13

DNAではなくもともとRNAを標的とするエンドヌクレアーゼであるCas13も発見されました。

細菌のCas13a (C2c2という別名もある)は、クラス2タイプVI のCRISPRタンパク質で、1本鎖RNAを標的にしています (C2c2 is a single-component programmable RNA-guided RNA-targeting CRISPR effector. Science 2016)。

いくつかのVI型CRISPRタンパク質は、PFSと呼ばれる配列の認識が必要です。Cas13aは標的部位に結合すると、その近傍にあるウラシル塩基を切断します。

このCas13aを利用して、真核細胞でも特異的にmRNAを切断するようなものが作られました (RNA targeting with CRISPR-Cas13. Nature 2017)。この論文では、RNA切断活性を持たないCas13a変異体であるdCas13aも作製されています。

Cas13aには、活性化されると近くにある標的にされていないRNAも切断するという興味深い性質があり、これはcollateral cleavageと呼ばれています。

この性質を利用して、目的の分子を検出するプラットフォームであるSHERLOCK (specific high-sensitivity enzymatic reporter unlocking) が開発されました。目的のRNAを検出すると、Cas13aが活性化し、近くのRNAを切断してリポーターを放出することに基づいています(Nucleic acid detection with CRISPR-Cas13a/C2c2. Science 2017)。

これを使えば、ジカウイルスやデングウイルスの感染も現地で簡便に調べることが出来ます。
https://youtu.be/ZOoUIlLmxf4

さらに翌年には改良版SHERLOCK V2が発表され、これは4つまでの標的を同時にかつ定量的に検出できるようになりました (Multiplexed and portable nucleic acid detection platform with Cas13, Cas12a, and Csm6. Science 2018)。

DNAの塩基編集と同じようにして、RNAに作用するアデノシンデアミナーゼをdCas13に融合させることでRNA編集が開発されました。このREPAIR (RNA editing for programmable A to I replacement) というシステムを使えば、真核細胞においてAからIへのRNA編集が可能です (RNA editing with CRISPR-Cas13. Science 2017).。

シチジンデアミナーゼであるAPOBEC1を利用する方法もあります。

CRISPR-Casを使った遺伝子発現量の制御

DNAにdCas9が結合すると、RNAポリメラーゼの働きを阻害することで転写を抑制することになります(Repurposing CRISPR as an RNA-guided platform for sequence-specific control of gene expression. Cell 2013)。

このCRISPR interference (CRISPRi) は、原核細胞では効率的に標的遺伝子の転写を抑えることができるものの、真核細胞ではあまり効果がありませんでした。

真核細胞でCRISPRiによる転写抑制を強くするために、自然界のジンクフィンガー型転写抑制因子によくみられるKrüppel-associated box (KRAB) という転写抑制ドメイン(Krüppel-associated boxes are potent transcriptional repression domains. Proc. Natl Acad. Sci. USA 1994)とdCas9をつなぐという方法が考案されました (CRISPR-mediated modular RNA-guided regulation of transcription in eukaryotes. Cell 2013)。

さらに改良するために、dCas9をKRABだけでなくメチル‐CpG結合蛋白質2の転写抑制ドメインにも融合させるという方法も開発されています (An enhanced CRISPR repressor for targeted mammalian gene regulation. Nat. Methods 2018)。

遺伝子本体でも遺伝子調節領域でもどちらを標的にしてもdCas9-KRABは転写を抑えることができます。

CRISPR activation

dCas9はまた、標的遺伝子の転写活性化にも使用することができ、CRISPR activation(CRISPRa)と呼ばれています。

真核生物では、dCas9にNFkBの転写活性化ドメイン(p65)またはVP64(単純ヘルペスVP16活性化ドメインの4回反復)を融合することで標的遺伝子の転写が活性化されます (RNA-guided gene activation by CRISPR-Cas9-based transcription factors. Nat. Methods 2013)。

これらを複数組み合わせることによっても相乗効果が得られます。

CRISPRaを使って複数の遺伝子の発現量を増やすことで、細胞のリプログラミングにも応用可能です。

例えばdCas9のN/C両方にVP64を結合させ (VP64-dCas9-VP64)、Brn2, Ascl1, Myt1l遺伝子を同時に活性化させると、マウスのMEF細胞を神経細胞に誘導できるようです (Targeted epigenetic remodeling of endogenous loci by CRISPR/Cas9-based transcriptional activators directly converts fibroblasts to neuronal cells. Cell Stem Cell 2016)。

エピゲノム編集

エピジェネティクスは遺伝子の発現量の制御に大きく関与しています。

ヒストンアセチルトランスフェラーゼであるp300をdCas9に融合すると、ヒストンH3のK27アセチル化が誘導され、遺伝子活性化が起こります (Epigenome editing by a CRISPR-Cas9-based acetyltransferase activates genes from promoters and enhancers. Nat. Biotechnol. 2015)。

DNAの脱メチル化酵素であるTET1の触媒ドメインをdCas9に融合させても同様に遺伝子発現が上昇し、例えばBRCA1遺伝子のプロモーター領域を標的にして検証されました (CRISPR-dCas9 mediated TET1 targeting for selective DNA demethylation at BRCA1 promoter. Oncotarget 2016)。

Cas9の誘導方法

時空間特異的にCas9を働かせる方法もいろいろ登場しています。

光による制御

オプトジェネティクス技術による光誘導性dCas9システムは,内因性遺伝子の正確な空間制御を可能にします。

例えば、植物由来のシトクロムCRY2とその結合パートナーであるCIB1が光によって二量体形成をするという性質を利用して、dCas9にCIB1を、VP64にCRY2を融合させることで光刺激が入るとCRISPRaにより遺伝子発現が上昇する仕組みが導入されました (A light-inducible CRISPR-Cas9 system for control of endogenous gene activation. Nat. Chem. Biol. 2015)。

薬剤による制御

化合物を使ってもCas9機能を制御できます。例えば、ドキシサイクリン誘導にCas9が発現するようになっているヒト多能性幹細胞があります (An iCRISPR platform for rapid, multiplexable, and inducible genome editing in human pluripotent stem cells. Cell Stem Cell 2014)。

dCas9を化学的に誘導する系もあり、例えばRapamycinを加えると2量体を形成するFRB/FKBPをそれぞれ融合させたsplit dCas9などの報告があります (A split-Cas9 architecture for inducible genome editing and transcription modulation. Nat. Biotechnol. 2015)。

Rapamycinだけでなく、ABA (アブシシン酸, abscisic acid) で誘導する (dCas9にはKRABをつけておく) ことも、gibberellinで誘導することもできます。

そのほかのdCas9の応用例

特定のゲノム遺伝子座と相互作用するタンパク質を同定するために、目的のDNA配列を標的とするgRNAとdCas9–タグ融合タンパク質に対する抗体を用いてクロマチンを免疫沈降させることができます。

Engineered DNA-binding molecule-mediated chromatin immunoprecipitation(enChIP) というこの方法に引き続き質量分析を行うことで、その遺伝子座に結合するタンパクを網羅的に取得可能です (Efficient isolation of specific genomic regions and identification of associated proteins by engineered DNA-binding molecule-mediated chromatin immunoprecipitation (enChIP) using CRISPR. Biochem. Biophys. Res. Commun. 2013)。

あるいは、dCas9を近傍のタンパクにビオチンを付加する酵素であるAPEX2に融合させれば、dCas9–APEX2により標的ゲノム遺伝子座の近傍のタンパク質をビオチン化し、生化学的に精製できるようになります (Discovery of proteins associated with a predefined genomic locus via dCas9-APEX-mediated proximity labeling. Nat. Methods 2018)。

Chromatin loop reorganization with CRISPR–dCas9 (CLOuD9) という方法では、選択的かつ可逆的にクロマチンループを変更し、そこに関連する遺伝子の発現を調節することができます (Manipulation of nuclear architecture through CRISPR-mediated chromosomal looping. Nat. Commun. 2017)。

これはABA結合タンパクであるPYL1とABI1をそれぞれdSpCas9とdSaCas9に融合しておき、もともと離れているが実験的にループを形成したい2箇所の領域にguide RNAを使って標的にさせた状態でABAを加えると、その2箇所が近接するようになるというシステムです (ABAを除くともとに戻る)。

化学物質ではなく、光を使ってより速い時間スケールでクロマチンループの再構成を行う方法もあります (LADL: light-activated dynamic looping for endogenous gene expression control., Nat. Methods 2019)。

CRISPR‐GOと呼ばれる方法では、細胞内のゲノムの空間的な位置を変更することができ、クロマチン構造の研究に有用です (CRISPR-mediated programmable 3D genome positioning and nuclear organization. Cell 2018)。

反復配列などを標的にしたdCas9と、調べたい領域 (たとえば核膜など) 特異的に発現するタンパクにそれぞれPYL1とABI1を融合させてからABAを加えると、dCas9-PYL1が結合しているDNAと一緒に目的の部位に動くというシステムです。

生きた細胞の可視化をするために、GFPをdCas9につけておくこともできます (Dynamic imaging of genomic loci in living human cells by an optimized CRISPR/Cas system. Cell, 2013)。これを応用して100~800 gRNAを使えば、ヒト染色体全体を光らせることもできます (Painting a specific chromosome with CRISPR/Cas9 for live-cell imaging. Cell Res. 2017)。

まとめ

最後に今回の内容をまとめます。

  • ゲノム編集ツールCRISPRはRNAも編集できる
  • CRISPRを使ってクロマチン構造も変化させられる
  • dCas9を使えばエピゲノム編集も可視化も可能

今日も【医学・生命科学・合成生物学のポータルサイト】生命医学をハックするをお読みいただきありがとうございました。

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