遺伝子編集技術クリスパーの応用例6選 【品種改良から臓器移植・遺伝病まで】
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どんな細胞のDNAでも正確に切断して変えることができる、遺伝子編集技術があります。

特にCRISPR (クリスパー)という技術は、2010年代に開発され急速に普及しました。

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CRISPRはまだ病気を治したり、飢餓を抑えたりといった、世界の課題に対してはそれほど大きな貢献をしていませんが、それに向けて確実に研究が進んでいます。

この記事では、遺伝子編集技術CRISPRを使った応用例を解説します。

豚の臓器を人に移植する

現在、臓器移植希望者に対して臓器提供者は少なく、たくさんの患者さんが臓器移植を待っています。この問題を解決しようと、科学者たちは数十年にわたって動物の臓器を使えないか試行錯誤してきました。

しかしこれには大きな問題があり、その1つは人の免疫システムが動物の臓器を異物として拒絶してしまうことです。実際、1964年には世界初の心臓移植がチンパンジーの心臓を使って行われましたが、ひどい拒絶反応のため残念ながら治療は失敗に終わったという歴史があります。

2つ目の課題として、動物が持っているかもしれないウイルスが人にも広まってしまう恐れもあります。

研究者たちは、遺伝子編集技術CRISPRがこれら両方の課題を解決できると考えています。

ハーバード大学の遺伝学者で合成生物学の父でもあるGeorge Church氏の研究室からスピンアウトしたeGenesis社は、CRISPRを利用して豚を使って人間に適した臓器ドナーを作れないか研究しています。

心臓や肺といった多くの豚の臓器は、人間の臓器と大きさが似ています

eGenesis社の研究者たちは、CRISPRを利用して、ブタのDNAに含まれているウイルスのうち、移植時に人間に感染する可能性のあるものを特定しました(Inactivation of porcine endogenous retrovirus in pigs using CRISPR-Cas9, Science 2017)。

これらのウイルスは、豚内在性レトロウイルス (PERV) として知られていて、豚からヒト細胞に感染し、ヒトゲノムにランダムに組み込まれることが分かっています。同社はこれまで数十頭のウイルスのない豚を生産してきました。

同社はまた、CRISPRを使って免疫系に関与する遺伝子を改変し、人体が臓器を拒絶するのを防いでいます。

遺伝子操作された豚から作られた臓器を使った人への移植は、おそらくまだ何年も先のことですが、少しずつ開発が進みつつあります。

果実の新規開発や改良

groundcherryは、プチトマトくらいの大きさで、パイナップルやマンゴーの香りがして甘いフルーツです。

栽培するための管理が難しいので、今のところはあまり普及しているとは言えません。

研究者たちはCRISPRを利用して、groundcherryを農家にとってより魅力的なものにしようとしています。

まずgroundcherryの自己剪定遺伝子を標的にしたCRISPRを設計することで、植物が成長するにつれてよりコンパクトになるようにしました。

次に、CRISPRを使ってgroundcherryの遺伝子を調整し、果実を25%大きくしました (Rapid improvement of domestication traits in an orphan crop by genome editing. Nat. Plants 2018)。

このように、CRISPRを使って新しい作物を栽培したり、食物の栄養価を高めたりすることができます。

別の例では、例えばカカオの木をより病気に抵抗性にして、チョコレートの生産を増やそうという取り組みもあります。

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花をスミレ色から白に変える

もちろん日本でも植物の遺伝子編集が研究レベルで行われています。例えばCRISPRを使って伝統的な園芸植物の花の色を変えたという報告 (CRISPR/Cas9-mediated mutagenesis of the dihydroflavonol-4-reductase-B (DFR-B) locus in the Japanese morning glory Ipomoea (Pharbitis) nil. Sci. Rep. 2017) を紹介します。

この研究では、CRISPRを使ってアサガオのDFR-B遺伝子という遺伝子を標的にした遺伝子編集を行いました。

この遺伝子は、植物の茎・葉・花の色を決めるのに重要な遺伝子で、これを破壊することでアサガオの色を紫から白に変えたということです。

イヌにおける筋ジストロフィの抑制

CRISPRを使って、筋ジストロフィーという病気のイヌを治療するという成果が発表されました (Gene editing restores dystrophin expression in a canine model of Duchenne muscular dystrophy. Science 2018)。

筋ジストロフィーにもいろいろありますが、そのうちデュシェンヌ型筋ジストロフィーは、男の子に発症する遺伝病で、世界では出生した男児の約3500人に1人がデュシェンヌ型筋ジストロフィーを発症しています。

筋肉細胞に存在する必須タンパク質であるジストロフィンをつくるDMD遺伝子の変異によって引き起こされる難病で、ジストロフィンを作ることができないため筋肉が弱く正常に機能しません。

残念ながら現在の医学では根本治療はなく、この病気の場合は長くて40年ほどの寿命です。

研究者らは、この病気の進行を食い止めるためにデュシェンヌ型筋ジストロフィーの生後1カ月のビーグル犬にCRISPRを注射しました。

この遺伝子編集技術でイヌの筋肉と心臓組織のジストロフィンを92%まで回復できたそうです。

これは非常に象徴的な研究で、このアプローチがわずか数年で人のデュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんの根治に有効かを調べる臨床試験に入るかもしれません。

デュシェンヌ型筋ジストロフィーのような、1つの遺伝子の異常で起こる遺伝病は、CRISPRで治療できる可能性があります。

がんや血液疾患の新たな治療法の開発

CRISPRを直接体内に注入することはいろいろなリスクが高いので、研究者たちはCRISPRを使って体外でヒト細胞を編集し、それを患者に注入するというアプローチをとることの方が多いです。

実際、このアプローチはアメリカやヨーロッパ、中国での臨床試験ですでに使用されています。

アメリカではペンシルバニア大学とTmunityという企業が共同で、従来の薬剤で効果がなかったりが癌が再発してしまった多発性骨髄腫、肉腫、メラノーマ (それぞれ血液、骨、皮膚などの癌) の患者さんを募集しています。

患者さんから免疫細胞を抽出し、CRISPRを用いてそれらを遺伝的に改変して癌細胞を攻撃する細胞を作り、それを患者の体内に戻すアプローチをとっています。

CRISPR Therapeuticsという別の企業は、同じ遺伝子の変異によって引き起こされる2つの血液疾患、ベータサラセミアと鎌状赤血球症の治療にCRISPRを使用することを計画しています。

いずれの病気も、酸素を全身に運ぶ赤血球の重要なタンパク質であるヘモグロビンを作る能力に影響を与えます。

被験者から骨髄にある血液の大元の細胞 (造血幹細胞) を回収し、研究室でCRISPRを用いて細胞を編集した後、患者に戻すことで、正常なヘモグロビンを持つ赤血球を増やそうとしています。

まだまだ治療法がない病気は多く、これらの難病に対するCRISPRによる遺伝子治療の試みは大きな可能性があります。

蚊の駆除

日本では幸いにしてあまり馴染みがありませんが、蚊が媒介する病気があり、特にアフリカで蔓延するマラリアは致命的な病気です。

世界では、毎年40万人以上がマラリアで亡くなっています。マラリアの広がりを抑えるために、一部の研究者はgene driveと呼ばれる技術の利用を提案しています。

Gene driveは、ある特定の遺伝子を種全体に広めるために設計された遺伝子工学ツールです。

2018年9月に発表された論文で、研究者たちはCRISPRを使った遺伝子操作によって、マラリアを媒介するAnopheles gambiaeという蚊の数を減らすことができることを示しました (A CRISPR–Cas9 gene drive targeting doublesex causes complete population suppression in caged Anopheles gambiae mosquitoes. Nat. Biotechnol. 2018)。

メスの蚊の発生に関与するdoublesex遺伝子を研究者らは標的としました。メスの蚊がこの遺伝子を2コピー受け継ぐと、蚊は卵を産むことができないのです。

研究者たちはケージの中でテストしたところ、8世代後には正常なメスがいなくなり、卵を産めないため蚊は死滅してしまいました。

Gene driveはある遺伝型を種全体 (今回はAnopheles gambiae) に急速に広めることができますが、環境への影響の大きさが未知であることから反対の声も多く、まだ研究室の外では行われていません。

この技術が実際に使われるようになるには、まだまだいくつもの懸念を払拭しなければいけないでしょう。

関連サイト・図書

この記事に関連した内容を紹介しているサイトや本はこちらです。

【高校生物の物語】遺伝子組み換え食品とは何か【メリットもデメリットもある】

CRISPR-Casによるゲノム編集 【2010年代の総まとめ】

CRISPRによるRNA編集 【ゲノム編集以外の使い道】

まとめ

最後に今回の内容をまとめます。

  • 遺伝子編集技術CRISPRは2010年代に急速に普及した
  • 品種改良から医学まで幅広く応用されつつある
  • 歴史が浅いゆえに、環境への影響を懸念する声も大きい

今日も【生命医学をハックする】 (@biomedicalhacks) をお読みいただきありがとうございました。

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