生命科学・医学領域のラテン語の必須知識 【現代にも残る単語の由来】

ラテン語は古代ローマ帝国の公用語であり、古代ローマ滅亡後も自然科学・人文科学・哲学などさまざまな学問分野に携わる知識階級の言語でもあり続けました。

そのため、生命科学・医学においても中世まではラテン語で書物が書かれていて、その影響は今日の英語にも引き継がれています。

この記事では、生命医学領域に特化して最低限知っておきたいラテン語の知識と語源を紹介します。

ラテン語の基本構文

生命科学や医学においては、ラテン語の文章を読むことはほとんどありませんが、ラテン語の専門用語を知っているのは重要です。

そのため、名詞とそれを修飾する形容詞に限ってこの記事で見ていきます。

ラテン語の名詞は3つあり、男性・女性・中性と分かれています。英語では名詞には「性」なんてありませんが、ラテン語にはこの名詞は「男性」でこの名詞は「中性」というのが予め決まっているのです。

これはラテン語に限らずヨーロッパの言語の多くがそうで、例えばフランス語は男性・女性の2つの名詞がありますし、ドイツ語はラテン語と同じく男性・中性・女性名詞の区別があります。

ラテン語の名詞は英語と同じく「単数形」と「複数形」があります。さらに、名詞には6つの「格」 (主・属・与・対・呼・奪)があります。主格は代表的な格で「〜は」という意味、属格は「〜の」という意味があります (他の4つの格はちょっと難しくなるのでこの記事では扱いません)。

形容詞をつけるときは、必ず名詞の後ろから修飾します。ラテン語の影響を強く受けているフランス語も同じで、例えばお菓子の「モン・ブラン」をmont blancとフランス語で書きますが、これはmont (山) と名詞を書いた後にその後ろからblanc (白い) と修飾する形になります。

まとめると、医学ラテン語名詞の基本形は次の3パターンのどれかになるのです。

医学ラテン語の基本形
1. 名詞 (主格)
2. 名詞 (主格) + 名詞 (属格)
3. 名詞 (主格) + 形容詞(主格)

このうち、3の形容詞については、前の名詞に性・数・格を一致させるという原則があります (あとで詳しく解説します)。

名詞の性の見分け方

名詞はその語末をみることで、それが男性なのか女性なのか中性名詞なのかが概ね分かります。

名詞の性
1. 男性 (多くは-usで終わる)
2. 女性 (多くは-aで終わる)
3. 中性 (多くは-umで終わる)

男性名詞の例としてはNervus (神経)、Musculus (筋肉)、Bronchus (気管支)、Esophagus (食道)、Thymus (胸腺)、Thalamus (視床)などがあります。

-aで終わる女性名詞の例はArteria (動脈)、Vena (静脈)、Trachea (気管)、Scapula (肩甲骨)、Maxilla (上顎骨)、Mandibula (下顎骨)などです。

中性名詞の多くは-umで終わります。例はOvum (卵)、Duodenum (十二指腸)、Cerebellum (小脳)、Epithelium (表皮)、Ligamentum (靭帯) などがありますね。

名詞の語尾変化

名詞を属格や複数形にするときには、ある決まった変化のしかたをします。

単数主格 単数属格 複数主格
男性 -us -i -i
中性 -um -i -a
女性 -a -ae -ae

例えばNucleus (核) は男性名詞主格ですが、複数形では-usを-iに代えてNucleiとなります。同様にしてLocusはLociだし、ThymusはThymiです。

ちなみにこれは英語でも同じです。決してThymusesなどのように書いてはいけません。

表には複数属格を掲載していませんが、生命科学・医学領域ではめったに出てこないので覚える必要はありません。

女性名詞単数形の主格と中性名詞複数形の主格はともに-aで終わるので間違いやすく注意が必要です。

特殊な名詞

ここまで一般的な名詞の性や格での語尾変化を見てきましたが、特殊な名詞もあります。

1つはラテン語はギリシャ語から輸入した単語もあるのでこのような規則があります。

ギリシャ語に由来するラテン語名詞
1. –osで終わるものは男性名詞 (複数や属格は-i)

Mesonephros (中腎),
Polocytos (極細胞)など

2. –onで終わるものは中性名詞 (複数は-a, 属格は-i)

Colon (結腸)、Mitochondrion (ミトコンドリア)、Ganglion (神経節)、Phenomenon (現象)など

3. –maで終わるものも中性名詞

Asthma (喘息)、Derma (皮膚)、Ependyma (上衣)、Sarcoma (肉腫)など

例えばMitochondrionという言葉は-onで終わるので中性名詞であり、これを複数形にするときには-aで置き換えてMitochondriaとなります。

これは英語のミトコンドリアと全く同じですね。つまりミトコンドリアMitochondriaという単語を生命科学系の論文で書くときには、もうそれ自体が複数形になっているので、be動詞やその他の文法事項を複数にしなければいけないのです。

もう1つは、第三変化と呼ばれるラテン語の文法変化の結果からできた名詞もよく使われています。第三変化が何かということはこの記事では割愛しますが、結果として-or、-erで終わる名詞は男性ということだけ覚えておきましょう。

Flexsor (屈筋)、Tumor (腫瘍)、Cancer (がん)などが該当します。

形容詞の変化

名詞についていろいろ見てきました。形容詞には大きく第一変化と第二変化があります。

第一変化は名詞と同じで、しかも属格を覚える必要がないのでかなりシンプルになります。

単数主格 単数属格 複数主格
男性 -us -i
中性 -um -a
女性 -a -ae

たとえばGlobus pallidus (淡蒼球)の場合、名詞 + 形容詞の順番なので名詞はGlobus (球) です。これは-usで終わる名詞なので男性名詞単数形の主格だということが分かります。形容詞は性・数・格を名詞に一致させる必要があるので、形容詞も男性名詞単数形の主格を選択した結果、語尾が-usとなりpallidusとなるのです。

同様にsubstantia nigra (黒質) は、名詞substantiaの語尾が-aなので女性名詞単数形の主格であり、黒を意味する形容詞も女性名詞単数形主格の語尾である-aが選ばれてnigraとなるのです。

形容詞の第二変化は、語尾に-is (男性・女性)または-e (中性)がつく形になります。

単数主格 単数属格 複数主格
男性 -is -es
中性 -e -ia
女性 -is -es

例としてNervus facialis (顔面神経) は名詞Nervusが男性名詞単数形の主格なので、顔面を意味する形容詞も男性・単数形・主格となり-isで終わるfacialisとなるのです。

まとめに代えて

この記事では生命医学領域においてよく出てくるラテン語の文法規則を名詞・形容詞に限って紹介しました。

ラテン語は今の生命科学・医学系の専門用語にも数多く残っているので、知っておくとどこかで役に立つかもしれない知識は他にもあります。

例えば、-ul, -el, -olは「小さい」という意味で、例としてNucleusは「核」ですが、Nucleolusは「核」の中に「小さい」が入っているので「核小体」です。

ラテン語を勉強したことがないという方は、入門向けのニューエクスプレスプラス ラテン語を見てみるといいと思います。

ラテン語がどういう言語かを知るにはこの本が一番よくまとまった最短ルートだと思います。CDもついていて実践的に学べる一方で、150ページほどなので入門向けには最適です。

Google翻訳もラテン語に対応しているので、入門書を読んだ後はぜひ知らないラテン語を見つけたときには一つ一つ調べてみて下さい。

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