HTAN: Human Tumor Atlas Network 【2020年代の国際がんプロジェクト】
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がんに関する国際的なプロジェクトはこれまでいくつか行われてきましたが、今あたらしいプロジェクトが始動しています。この記事ではHuman Tumor Atlas Networkプロジェクトについて紹介します。

Human Tumor Atlas Networkプロジェクトとは

Human Tumor Atlas Network (HTAN)は、アメリカ・国立がん研究所 (NCI) によってCancer Moonshot Initiativeの一環として設立されたプロジェクトです。

わずか5年の間にがんの予防・診断・治療において10年分の進歩を達成するという野心的な目標を掲げ、2020年にスタートしました。

HTANは、さまざまながん種においてその前がん病変・腫瘍の転移の3次元アトラスを作成することを大きな柱としています。前がん病変から悪性腫瘍、転移といった時系列に沿った病気の進展だけでなく、治療の前後についても調べ、何が治療への反応性を決めているのか、治療によってどのような変化が起きているのか、そして不幸にも再発してしまったケースではどのような腫瘍細胞の「進化」が起きて再発につながったかなどを解析します。

成人のがんだけではなく、小児がんについても研究計画に含まれています。

NCIが主導する国際的なプロジェクトしてはThe Cancer Genome Atlas(TCGA)が有名で、プロジェクトが始まった2005年以来、多くのドライバー変異が同定されました。

TCGAと比べ、HTANではHE染色やシングルセルRNA-seqにも重点が置かれていて、ゲノムから病理組織学、そして時空間的な情報の取得まで包括して情報を収集する予定です。

HTANから得られる腫瘍の微小環境やその構成細胞の情報は、がん治療のための新たな標的となるでしょう。また、これまでのほとんどの取り組みが原発腫瘍に焦点を当てていて、しかもその臨床情報は限られたものしかなかったのに対し、HTANは原発腫瘍だけではなく前がん病変や転移病変にも焦点を当て、包括的な臨床情報をも取得しようとしているところが画期的です。

TCGAと同じく、バイアスを防ぐために多施設での共同サンプリングが予定されています。

HTANプロジェクトの情報共有精度

プロジェクトで得られたデータは、専用の HTAN ポータルを介してアクセスできるようになります。

最初は、Sage SynapseプラットフォームcBioPortal for Cancer GenomicsCancer Digital Slide Archiveの機能をベースに開発するようですが、HTANプロジェクトの中でもさまざまなツールの開発が予定されており、プロジェクトが進行するにつれてそれらのツールもポータルに統合されることになっています。

HTANは、Human Cell Atlas (HCA) やHuman Biomolecular Atlas Program (HuBMAP) のような、他の関連するプラットフォームとの互換性を提供するよう努めています。

最初の情報公開は2021年春の予定ですが、すでにツールの公開もごく一部ですが始まっています。

HTANに加わるセンターの1つは、1枚のスライドから多数の蛍光染色を同時に行うことができるCyCIFという技術 (Highly multiplexed single-cell analysis of formalin-fixed, paraffin-embedded cancer tissue. PNAS 2013; Highly multiplexed immunofluorescence imaging of human tissues and tumors using t-CyCIF and conventional optical microscopes. eLife 2018)で得られたマルチチャンネルの蛍光腫瘍画像を迅速にズームしたり解析するためのツールをリリースしています。

また、HTAN は protocols.ioのようなオープンアクセスプラットフォームやハンズオントレーニングを通して、実験プロトコルを科学界と共有しています。

他のプロジェクトとの関係

HTAN は、同じくNIHがすすめるプロジェクトや、国際的なプロジェクトとも連携しています。

例えば、

HuBMAP
BRAIN (Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies) Initiative
ITCR (NCI Information Technologies for Cancer Research)
CSBC (Cancer Systems Biology Consortium)
CRDC (Cancer Research Data Commons)

はいずれもNIHの大型プロジェクトですし、国際的な

HCA
GA4GH (Global Alliance for Genomics and Health)

とも連携しています。

HTANが2020年に開始される前、その事前検討のために立ち上がったプロジェクトもあります。

PCAPP (Pre-Cancer Atlas Pilot Project) の結果、例えばHTANの目的にあうパラフィン切片の統一した作製プロトコルが決まりましたし、そこからDNAやRNAを抽出・解析する方法も発表しています (Gene expression profiling of single cells from archival tissue with laser-capture microdissection and Smart-3SEQ. Genome Res. 2019)。

HTAPP (Human Tumor Atlas Pilot Project) においては、さまざまな凍結サンプルなどから1細胞RNA-seqをするためのツールボックスが開発され (A single-cell and single-nucleus RNA-Seq toolbox for fresh and frozen human tumors. Nat. Med. 2020), クラウドベースの解析パイプラインが整備されました (Cumulus provides cloud-based data analysis for large-scale single-cell and single-nucleus RNA-seq. Nat. Methods 2020)

このような他のプロジェクトとも情報共有をして、HTANはこれから多くの知見をもたらしてくれることになるでしょう。

まとめに代えて

この記事では、がんの新たな国際プロジェクトHTANの概要を紹介しました。多くの大規模データが公開されることになるので、その解析手法についてある程度知っていると、オリジナルの研究や情報マイニングができるようになります。

幸いにして分かりやすい日本語の良書も増えています。例えば「バリアントデータ検索&活用 変異・多型情報を使いこなす達人レシピ」にはがん研究で欠かすことのできない変異情報をどう扱うかが書かれています。

これもたくさん出てくるであろうRNA-seqデータの解析の実例や、シングルセルRNA-seq解析の動向についてを実験系の研究者用にまとめた「RNA-Seqデータ解析 WETラボのための鉄板レシピ」という本も人気です。

また、ほとんどの研究者はコンピューター解析技術 (プログラミングや数理情報学) は苦手としており、HTANプロジェクトの一環でwebベースのツールの開発も期待されます。

すでにがんゲノムのデータベースと解析ツール 【コマンド不要】UCSC Xenaの使い方 【がんデータ解析をウェブブラウザのみで行えるツール】でまとめたツールなどいろいろありますが、そこに新たにHTANが加わることでますますがん研究の情報源が増えるでしょう。

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