生命科学系の研究室に配属になると、ドアのところに「P1レベル」とか掲示されているのを見ますよね。
これは、遺伝子組み換え研究を行う上で絶対に必要な「封じ込め」に関する基準です。
この記事では、研究を始めたばかりの方を対象に、DNAワークをするなら避けては通れない遺伝子組み換え実験に関する規制の初歩の初歩をまとめます。
ネットにはいろいろ小難しい用語で書かれていますが、それを「翻訳」して分かりやすくしました。
この記事を読んだ後に、もうちょっと専門的な記事を読むとなお一層理解が深まります。
遺伝子組み換え実験に必要な用語
遺伝子組み換え実験を開始するときには、まずどのような拡散防止措置が必要なのかを決定しなければいけません。
用語が少しややこしいので、ここでまず整理します。
核酸供与体:簡単にいうと、インサートの由来となる生物 (ヒト、線虫 etc)
ベクター: これはそのまま。いわゆるベクター・プラスミドと同じ
組み換え核酸: ベクターにインサートを入れたもの
宿主: 簡単にいうと、組み換え核酸を増やすのに使う生物。大腸菌など。
遺伝子組換え生物: 組み換え遺伝子を持つ生物。例えば組み換え核酸を持つ細胞をマウスに移植した場合、マウスが遺伝子組換え生物になる。
イメージつかめましたか? 特に「核酸供与体」と「宿主」は後で重要になるので注意です。
生物の「安全度評価分類」
生物は、哺乳類動物に対する病原性や伝搬性を元に4つのクラスに分類されます。それを示したのが「安全度評価分類」です。
クラス2: 病原性の低い微生物、きのこ類・寄生虫
クラス3: 病原性が高く、かつ伝搬性が低い微生物・きのこ類
クラス4: 病原性が高くかつ伝搬性も高い微生物
例えばですが、実験室で使う大腸菌やアデノ随伴ウイルス (AAV)、バキュロウイルス、ショウジョウバエなどはクラス1になります。
アデノウイルスやレトロウイルス・レンチウイルス、緑膿菌は、哺乳動物への病原性が低いとはいえあるので、クラス2になります。
さらに上の階級であるクラス3になると、伝搬性は低い (つまり感染が広がりにくい) ものの感染すると病原性が高い結核菌やSARSコロナウイルスが含まれます。
一番上のクラス4は、病原性が高くかつ伝搬性も高い微生物、具体的にはエボラウイルスやラッサウイルスなどが指定されています
物理的封じ込めの基準
遺伝子組み換え生物が自然界に流出したら大変なことになります。
そこで、そういった生物が外に漏れることのないよう、物理的封じ込め措置がとられています。
微生物使用実験の場合、措置が軽いものから順にP1, P2, P3という名前がついていて、それぞれの区分で必要な措置が決められています。
動物使用実験の場合は、ここにA (Animalの意) がついてP1A, P2A, P3A。
植物使用実験の場合は、ここにP (Plantの意) がついてP1P, P2P, P3Pという基準に従います。
それぞれの区分の詳細は文字を読むよりも図を見たほうが分かるので、調べてみてください。
拡散防止措置の決定
これで必要な役者を全員紹介しました。
あとは「宿主」の「安全度評価分類」と、「核酸供与体」の「安全度評価分類」を調べ、より重いクラスを採用すれば拡散防止措置が決まります。
具体的にみてみます。
例えば、患者さんからいただいた検体から遺伝子Aを増幅し、それをpcDNA3という発現ベクターに入れて大腸菌で増やして精製後、HEK 293というヒトの細胞株にトランスフェクションする実験を考えてみます。
この場合、「宿主」は「大腸菌」で、「核酸供与体」は「ヒト」になります。
「ヒト」も「大腸菌」もともに「安全度評価分類」はクラス1なので、この一連の研究はクラス1、全体としてP1という規制に従うことになります。
もしヒトではなく緑膿菌の遺伝子を増やして同様の研究を行う場合、「宿主」は「大腸菌」ですが「核酸供与体」は「緑膿菌」となり、「緑膿菌」はクラス2なので、全体としてクラスP2の実験ということわけです。
原則はとても簡単です。
機関承認実験と大臣確認実験
多くの遺伝子組み換え研究は、所属機関 (大学など) が設置した機関で審議され承認するかが判断されます。
しかしながら、そこでは判断できないものについては文部科学省に報告され、大臣の許可が必要です。
大雑把にいうと、「宿主」側がクラス3以上もしくは「核酸供与体」がクラス4の時には全例「大臣確認実験」となります。
それ未満のクラスであっても、条件によって「大臣確認」となることがあります。
大臣確認実験は判定結果が出るまでに時間かかるので、余裕を持って準備しましょう。
まとめに代えて
この記事では、遺伝子組み換え実験に関するルールの初歩をまとめました。
バイオセーフティに関しては自分で正しい知識をみにつける必要があり、比較的最近出た本だと「バイオ実験を安全に行うために」などがおすすめです。
遺伝子組み換えと言えば、2020年のノーベル化学賞はCRISPR (クリスパー) による遺伝子編集が取りました。
ノーベル賞受賞者のダウドナ博士が自ら書いた「究極の遺伝子編集技術の発見」は、生命科学を大きく変える画期的な技術にどのように行き着いたのかを克明に回想した本です。
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