CRISPRによるDNA塩基編集 【CBEとABE】

2020年にノーベル化学賞をとったCRISPR技術は、もともと2本鎖DNAを切断して遺伝子編集をする技術として開発されました。

既知の病原性がある遺伝子変異の約半分は一塩基置換によるものなので、1塩基を効率よく修正できる方法の開発は将来的には治療にも大きな影響があるでしょう。

正確かつ効率的なDNA1塩基の改変を行うために、base editorがこれまでいろいろ開発されてきました。
これらはDNA二本鎖を切断することなく、遺伝子編集ができる技術です。

この記事では、2020年時点のDNA 1塩基編集技術を紹介します。

Base Editorには大きく2種類ある

CRISPRはもともと細菌が持っていた免疫システムですが、それを生命科学研究に応用した2012年の論文を皮切りに急速に普及し、2020年にノーベル化学賞をとったのはご存知のとおりです。

当サイトでもCRISPR-Casによるゲノム編集 【2010年代の総まとめ】という記事を公開していますので合わせてどうぞ

二本鎖DNAを切断することなく、標的の塩基を化学的に修飾することで「編集」するという新しい方法が開発され、これらを総称して「Base Editor」と呼ぶようになりました。

ご存知の通り、もともと「RNA編集」は細胞において自然に起きている現象であり、RNAを意のままに編集する技術の方が先に開発されました。

しかしその後DNAも同様に編集できることが分かり、DNA編集RNA編集の両方がそれぞれできるようになっています。

CRISPRによるRNA編集の話は長くなるので別の記事で紹介することにして、この記事ではCRISPRでDNAの1塩基編集を行う方法を解説します。

シトシン塩基編集

CRISPRによるDNAの1塩基編集には、大きく2つのクラスがあります。

1つはC/GをT/Aに変換するCytosine base editor (CBE) で、もう1つはA/TをG/Cに変換するAdenine base editor (ABE) です。

先に開発されたのはCBEです。

天然にあるシチジンデアミナーゼ酵素を使って、標的シトシンからアミノ基をとり、ウラシルに変換できることが発見されたのです。

ご存知の通り、ウラシルはテンプレートとして使われるときにはTと同じ働きをします。

そのため、もともとCだった部位をTに置き換えることができるのです (反対鎖はG→Aの変換になります)。

第1世代

最初に報告された第1世代BE (base editor) は、一本鎖DNA(ssDNA)特異的なシチジンデアミナーゼ酵素である、ラット由来のAPOBEC1(rAPOBEC1)とdCas9をつないだものを使っていました。

dCas9は、guide RNAで設計したDNA部位に結合するものの、切断はしない (catalytic dead) Cas9です。

dCas9が結合すると、その部分のDNAが一時的に変性し、PAMの部位を21-23とすると4-8に相当する部分のDNAが1本鎖状態で露出されます。

rAPOBEC1はこの露出した部分にあるシトシンのアミノ基をとり、Uracilに変換するという理屈です。

in vitroではBE1は効率的にDNA塩基編集がでいましたが、生細胞では効率が大きく落ちてしまうことが分かりました。

細胞内のDNA修復が行われる際に働く、ウラシルDNAグリコシラーゼ(UDG)という酵素によって最終的に元のC-G塩基対へ戻ってしまう (Mismatched repair: variations on a theme. Cell. Mol. Life Sci. 2009) ということが原因だったのです。

第2,第3世代

そこで、UDGを阻害する働きがあるファージポリペプチドのウラシルグリコシラーゼ阻害剤(UGI)がBE1に追加され、第2世代の塩基エディターであるBE2が誕生しました。

UGIの追加により、BE1と比較して編集効率が約3倍に向上しました。

さらに、BE2で使っていたdCas9をニカーゼ版 Cas9 (Cas9n) に置き換えた第3世代のベースエディタ BE3 が作られました。

BE3はBE2と比較してさらに2~6倍の効率アップを実現しています。

これらはまとめて、Cytosine Base Editor (CBE) と呼ばれています (Programmable editing of a target base in genomic DNA without double-stranded DNA cleavage. Nature 2016)。

アデニン塩基編集

CBEの成功にヒントを得て、アデノシンを脱アミノ化させてイノシンをつくり、これが複製・転写の過程でグアニンとして使われることを応用した塩基編集方法 (ABE) も開発されてきました。

ClinVarという病的なSNPを登録したデータベースで最も多いのはC/G → A/Tへの変異ですが、ABEがあればこれをもとのC/Gに戻すことができるのでとても注目されました。

天然に存在するアデノシンおよびアデニンデアミナーゼ酵素は、いずれもその基質がRNAでありDNAではありません。そのため、ABEを作るためには、1本鎖DNA に作用するアデノシンデアミナーゼを作り出す必要がありました。

そこで研究者らは、天然に存在するアデノシンデアミナーゼ(大腸菌のTadA) を使ってタンパクのin vitro進化法を採用しました。

出発材料としてTadAが選ばれたのは、CBEで使われているPOBEC酵素との相同性が比較的高かったことなど、いくつかの要因があります (Structural basis for targeted DNA cytosine deamination and mutagenesis by APOBEC3A and APOBEC3B. Nat. Struct. Mol. Biol. 2017)。

合計7回のdirect evolutionを行い、14のTadA変異体をとり、最終的にABE7.10が作られました。

これは生細胞でもA/TをG/Cに変換でき、その平均編集効率は58%で、PAMを21-23としたとき4~7の位置のAを編集することが報告されています (Programmable base editing of A•T to G•C in genomic DNA without DNA cleavage. Nature 2017)。

CBEと異なり、ABEの場合はUGIをつけておく必要なありません。

まとめに代えて

この記事では、CRISPRによるDNA塩基編集の基本についてまとめました。

CRISPRについては、ノーベル賞学者のダウドナ博士自らがその発見秘話を書いた「CRISPR (クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見」もとても面白い本です。

今回の記事では、やや治療押しのメリットを書きましたが、実際にはSNPのほとんどはその意義がよく分かっておらず、基礎生命科学の観点からも重要な研究対象です。

大規模データの時代、実験とコンピューター両面のアプローチが必要になってくるでしょう。「バリアントデータ検索&活用 変異・多型情報を使いこなす達人レシピ」はコンピューター側のアプローチを初心者向けに解説してくれている本です。

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