多細胞モデル生物としての線虫 【遺伝子から個体レベルまで】

線虫 (c. elegans) は体長 1mm程度の小さな虫ですが、これまで何度もノーベル賞につながる大きな研究成果を生み出しています。

体が透明で観察しやすいという利点があり、遺伝子から個体までの全ての研究を行うことができます。

この記事では、モデル生物としての線虫について、学部生向けに説明します。

線虫はトータルバイオジーのモデル生物

線虫は20°C・3日間で成虫になる雌雄同体で、1匹の個体から子孫が生まれ、ごく稀にいる雄との交配もできるので遺伝学も使えます。

大腸菌を塗布したペトリ皿の寒天培地で生育し、体が透明なので実体顕微鏡を使うことで染色や固定なしで細胞分裂がいつ・どこで行われるかを容易に観察できます。

シンプルですが神経・筋肉・腸・皮膚といった高等生物の組織をもっている生物です。

線虫の全細胞系譜が1983年, 神経回路網の全てが1986年, 全塩基配列が1998年に報告されているため、遺伝子・細胞・個体レベルを通して調べることができるモデル生物です.

線虫 x 遺伝学・ゲノム学

セントラルドグマが確立された1960年代、Brennerは遺伝子と個体レベルの機能を結びつけるため「発生と神経系」に軸足を移し、そのモデル生物として線虫を選びました。

まず異常Uncoordinated変異体を100ほど選び、遺伝学的な手法でその原因遺伝子を探索しました。
変異の原因は筋肉や神経関連分子だけではなく、転写因子・性決定などにかかわる多数の分子であることが分かりました。

この研究の成果は、細胞分化や情報伝達・アルツハイマー病など多くの研究分野に影響を及ぼし、こうしたBrennerによる突然変異体の単離と解析に対して、2002年にノーベル生理学医学賞が授与されています。

Sulston は、1983年から線虫DNAの全配列決定を開始しました。ランダムな制限酵素断片をつなぎ合わせ、ショットガン方式とコンピュータによるデータ統合を行っていきました。

当初は「常識はずれの取り組み」だといわれた実験でしたが、10年もすると賛同者が次々に現れ、15年後の1998年に,
多細胞生物としてはじめて全ゲノム配列が報告されたモデル生物となりました。

線虫ゲノムはそのサイズが小さいわりに遺伝子数が多く, イントロンが少ないという特徴があります。

そこで、線虫ゲノムの情報を使うといつ・どこで・どの遺伝子が発現しているかを効率的に解析できます。

そこで得られた知識はヒトやマウスの解析にもヒントを与えています。

線虫 x 細胞学・発生学

生活環が20°C・3日と短いので、発生や分化にかかわる遺伝子群が単離されていきました。
致死遺伝子であっても、ヘテロで維持して解析できます。

細胞学に関して特記すべきことは、今日アポトーシスとして知られる現象がもともと線虫で見つかり、1990年代にHorvitzらがそれらの遺伝子をクローニングして、多くの生物で普遍的な機構であることを示しました (2002年ノーベル賞)。

もう1つ、RNAiと言われている現象ももともと線虫で見つかったものです。

1998年にFire & Melloが2乗鎖RNAの阻害効果の重要性を示し、(線虫の場合は) 体内で増幅され、その抑制効果が子孫まで有効であることを報告しています。

この研究は2006年のノーベル賞につながりました。

線虫 x 神経科学

線虫の神経細胞は302個あり、その回路網は1986年にWhiteによって解明されています。

現在では、各細胞に座標をつけ相互作用を解析するためのデジタル回路網もあります。

神経系にかかわるノーベル賞としては、Chalfieの研究があげられます。GFPをはじめて生物に応用したChalfieは、生きた細胞で目的遺伝子を観察するGFPの特徴と線虫の透明性を活かした興味深い知見を1993年に発表 (Scienceの表紙を飾る)しました。

GFPについては、その発見者である下村 脩 先生、構造決定をしたTsien博士とともに、はじめて生物に応用したChalfie博士が2008年のノーベル化学賞を共同受賞しています。

広がりつつある線虫患者

線虫研究者は成果をWormBaseに公表して互いに互いに助け合う体制になっているので、容易に情報をキャッチすることができます。

全遺伝子のノックアウト線虫, マイクロアレイ/RNA-seqによる網羅的遺伝子発現、翻訳後の糖鎖修飾, ゲノム構造の詳細な比較といった解析が進行しています。

まとめに代えて

この記事では、モデル生物としての線虫を紹介しました。小さいけどこれまでノーベル賞につながる大きな研究成果を多数出しています。

ノーベル賞の成功の秘密、生物学の将来への展望などをやさしく解説したのが「線虫の研究とノーベル賞への道: 1ミリの虫の研究がなぜ3度ノーベル賞を受賞したか」という本です。

線虫以外のモデル生物については「小さくて頼もしいモデル生物」に分かりやすくまとまっています。

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