日本では幸いにしてあまりなじみがないが、世界中では何億人も苦しんでいる感染症がある。主にアフリカで見られるマラリアもその1つだ。
今回、そのマラリアを運ぶ蚊を退治するユニークで効率的な方法がScience誌に報告された。論文の原題は「Transgenic Metarhizium rapidly kills mosquitoes in a malaria-endemic region of Burkina Faso」だ。
マラリアを媒介するハマダラカ
世界保健機関(WHO)によると、マラリアは世界中で何億もの人々を襲い、年間40万人以上が死亡している。
マラリアの病原体はPlasmodium 属という原虫だ。どの原虫が感染するのかによって、主に熱帯熱マラリア、三日熱マラリア、四日熱マラリア、卵形マラリアという4種類がある。
特に熱帯熱マラリアは、早期に適切な治療を受けないと短期間で重症化して死亡する恐ろしい感染症だ。
マラリアの病原体は、この病原体を体内に持っているハマダラカという種類の蚊に刺されることが原因。
何十年にもわたって殺虫剤で、マラリア原虫を運ぶ蚊を駆除しようとしてきたがその試みはこれまでのところ失敗しており、そして殺虫剤が効きにくい蚊も出てきてしまった。
マラリアの新しい予防:クモ毒とカビを組み合わせてハマダラカを退治する
今回Science誌の研究論文の中で、科学者らは全く新しいアプローチを採用した。
自然界に存在する病原体である真菌 (俗にいう「かび」)は、野生の昆虫に感染しそれらをゆっくりと殺す。
真菌は何世紀にもわたって様々な害虫を駆除するために使用されてきた。
科学者たちは、蚊だけに効果がある真菌の1つを使い、蚊が繁殖して子を残すよりも速く蚊を殺す毒素を作り出すように真菌を改変した。この真菌は、蚊を大きく減らし、2世代以内 (「孫」の代) には蚊の集団を維持できないくらいまで蚊の数を減らすことに成功した。
具体的にいうと、今回使われた毒素はオーストラリアにすむクモの毒液に由来し、これは害虫を駆除するために農作物に直接かけることが環境保護庁に承認されているものだ。
そして、その毒素には細工がしてあった。いつその毒素を製造するかを真菌に知らせるための一種のコントロールスイッチも入っているのだ。
真菌が蚊の中に入ると、蚊の免疫システムに拒絶されないよう、真菌側もいわば「殻」を作って防御する。真菌にとってもこの「殻」を作るのはコストがかかるので、蚊に感染したのを感知してから殻を作るようにするための真菌のシステムがある。
これを応用し、蚊に感染した時だけ、蚊にとっての毒を作るようにしたのだ。
だからこの遺伝子改変真菌は、蚊の体内「だけ」で毒を作る。例えば論文中では、ミツバチのような有益な種では毒を作らないことも報告している。
実験室で真菌を作成した後、西アフリカのブルキナファソというところにある蚊が逃げ出さないようにスクリーンに囲まれた環境で、野外研究を行なった。
壁に掛けたシートにトランスジェニック真菌を単に塗るだけで、マラリアを運ぶ蚊は1.5ヶ月以内にいなくなった。
これまでの殺虫剤が効きにくい蚊を殺すのにも効果的だったという。
マラリアが蔓延しているアフリカは貧困地帯だが、研究で使った黒い綿のシーツとゴマ油は比較的安価で現地で容易に入手できる。
真菌を増やすのも簡単だ。
高価なものを使わず、現地でも実施できるようなものを使って人類の健康の改善を行う。
合成生物学の理想的な姿だと感じた。
まとめ
最後に今回の研究成果をまとめておく。
- マラリアの病原体は蚊が運ぶ
- 殺虫剤で蚊を殺すという戦略は失敗してきた
- 蚊の体内だけで毒素を産生するカビを作成
- 1.5ヶ月以内にその地域の病原性の蚊を根治した
- 必要物品はアフリカの現地でも十分調達できる
今日も「生命医学をハックする」をお読みいただきありがとうございました。