AIによるがん創薬の潮流【新たな治療法の開拓】
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がんビッグデータは、新たな治療薬や治療戦略を生み出すためにも使われています。実際、いくつかの薬がAIによって新たながんの治療標的として見つかってきました。この記事ではAIによるがん創薬研究を紹介します。

創薬研究の現状と近年の取組み

新薬の開発はコストがかかり、時間がかかり、それでいて失敗率も高いです (Nat. Rev. Drug Discov. 2015)。1つの新しい薬を上市するまでに、10年の歳月と100億円の研究資金が必要と言われています。そのため、ビッグデータと人工知能を活用して創薬を加速させようというのはある意味当然の流れです。これまでは、AIが0から開発した薬が承認されたという事例はまだありませんが、いくつかのビッグデータ駆動型の前臨床研究は製薬業界の大きな注目を集めており、近いうちに臨床にインパクトのある貢献をしてくれるでしょう (Nat. Rev. Drug Discov. 2022)。

例えば、ビッグデータは新しい病気を治療するための既存薬の再利用 (Nat. Rev. Drug Discov. 2019)や、相乗効果のある組み合わせ方法を見つけ出すために利用されています (Cancer Cell 2020; Nat. Commun. 2021)。4000万件以上の医学文献をデータマイニングして、疾患や遺伝子、パスウェイ、薬剤の間に貼り巡られた12億のエッジ (対応関係) のネットワークを作成することにより、ある研究では甲状腺がんの治療に用いられる薬であるvandetanibと免疫抑制剤であるエベロリムスを組み合わせることで、脳腫瘍の1つグリオーマの治療法として有望でありそのメカニズムは薬剤排出トランスポーターであるACVR1を阻害することであることを見出しました (Cancer Discov. 2021)。この全く新しい2剤の組み合わせは、ビッグデータを活用したからこそ見いだされたものです。

また、薬そのものをAIの力で見出そうという取り組みもなされています。例えば深層生成モデルを用いて、受容体型チロシンキナーゼであるDDR1の既存の阻害剤と化合物ライブラリの情報を基に、DDR1を阻害する新しい小分子を設計し、設計されたリード化合物はマウスにおいても良好な薬物動態を示したと報告されています (Nat. Biotechnol. 2019)。ここで使われた深層生成モデル (Deep Generative Model) というのは、特定のデータセットの複雑な特性を学習し、それを用いて学習データに類似した新しいデータを生成するようなニューラルネットワークです。特定のドラッグごとに異なるデータをニューラルネットワークのパラメータに埋め込む (エンコードする) ことができるため、他の種類の薬の開発にも使われていくでしょう。この薬はまだ前臨床段階にとどまっていますが、そう遠くないうちに臨床試験を経て承認される薬も登場してくることでしょう。

正常細胞を残しつつ腫瘍細胞を根絶するために必要なこと

腫瘍は常に進化しており、がんはより不均一になり、異なる治療感受性を持つより多様な細胞集団が出現します。ある薬をかけても、それに耐性を持つ数個のがん細胞が優勢になり薬剤耐性のがんになります (Nat. Rev. Clin. Oncol. 2018)。また、抗腫瘍効果が発揮される薬物量 (治療域) と、治療の中止につながる有害毒性が出る濃度の差は小さいというのが抗がん剤の一般的な課題であり、これが抗がん剤治療がうまくいかないことも少なくない理由です。例えばあるがん細胞をターゲットに複数の抗がん剤を組み合わせて治療した場合、すぐに受け入れがたい毒性作用が生じてしまうのでできないということです。そのため、このような毒性をなるべく回避しつつ、薬剤耐性につながる腫瘍の進化を克服するような投与方法をビッグデータをうまくマイニングして見出すことが求められています。

理想的には、うまく設計された薬剤の組み合わせは腫瘍内のさまざまな薬剤耐性細胞を網羅的に標的とする必要があります。相乗効果のある薬物併用療法を設計するための計算方法がいろいろ開発されてきました (Nat. Biotechnol. 2014)し、それらはアストラゼネカの大規模な薬物併用データセットで評価されてきました。残念ながら、これまでに見いだされたどの手法も、信頼性の高い予測を行うことができないことが示されています。

もしかしたら、正常組織への毒性を避けながら不均一な腫瘍細胞を死滅させるというのは理論的な限界があるのかもしれません。15の単一細胞トランスクリプトミクスデータセットをマイニングした最近の研究では、正常細胞の少なくとも90%を温存しながら腫瘍細胞の少なくとも80%を殺すには、4つの細胞表面タンパクの阻害が必要であることが明らかにされています (Nat. Commun. 2022)。このように複数の標的を同時に狙う必要があるのであれば、正常細胞を温存しながら腫瘍細胞を死滅させるというのは難しいかもしれません。

また、治療をデザインする上で今の重要な課題の1つは、毒性を予測しうるゲノムバイオマーカーの同定です。例えばリンパ芽球様細胞株の遺伝子型データに基づいて、環境化学物質の細胞毒性を計算で予測できることが実証されています (Nat. Biotechnol. 2015)。さらに、組織における薬物標的遺伝子の発現情報、遺伝子ネットワークの結合性、薬物の化学構造等を統合した計算フレームワークを用いて、薬物毒性を予測するという取り組みもあります (Cell Chem. Biol. 2016)。こうした取り組みがもっと進み、併用療法によりどのような毒性が出現するのかを予め予測できるようになればさらに研究が加速することでしょう。

まとめに代えて

この記事では、AIによるがん創薬について、近年のリソースについて紹介しました。

創薬には独特の概念や用語が使われていますが、そういった分野外の方には敷居が高いことを平易にまとめた入門書から入るといいでしょう。

がんの研究は医療とも密接に結びついています。がん医療をわかりやすくイラストつきで解説してくれているのがこちらの本です。

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