分布容積と組織移行性を分かりやすく 【計算方法と小さい・大きいの目安】
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【生命医学をハックする】運営者 (@biomedicalhacks)。生命科学研究者、医師・医学博士。プロフィールはこちら

薬が全身の臓器にどれくらい移行するのかを知る1つの指標が分布容積 (Vd)

医療系の学部、特に薬学部・医学部では薬物動態学の講義で出てくる重要概念の1つです。試験前に一応計算はできるようにしたものの、その意味はよく分からないままということも少なくないでしょう。

この記事では医療系の学生さんに向けて、学術的な難しい言葉を使わず、逆に実際の添付文書の例を挙げて分布容積の意味と組織移行性の目安を紹介します。

分布容積のイメージ

分布容積の定義はなどの薬理学の成書にしっかりと書かれているので、ここではもっと直感的に捉えてみようと思います。

いきなりですが、次の小学校で習う問題を解いてみてください。

100 mgの薬剤をある量の水に溶かしたところ、濃度は 1 mg/mlとなった。この水の容積はいくつか?

これは簡単ですね。濃度 = 薬の重さ / 水の容積なので、水の容積を計算すれば100 mLであることが分かります。

続いてもう1問、ちょっと濃度が変わっただけです。

100 mgの薬剤をある量の水に溶かしたところ、濃度は 0.1 mg/mlとなった。この水の容積はいくつか?

これも同じように、

水の容積 = 薬物量 / 薬物濃度

を計算することで1000 mLとなります。

分布容積も、これらの問題と本質的には同じことを計算しているだけです。今は実験室にある一定の水について考えていましたが、これが体内にあるとどうなるかというのが分布容積です。

つまり、この式での「薬物濃度」は「血液中の薬物濃度」ということであり、「薬物量」は「体に投与した薬物量」です。そしてこのようにして計算されるのは、「水の容積」ではなく「分布容積」と呼ぶという、ただそれだけです。一応まとめると、

分布容積の計算式
分布容積 = 体内薬物量 / 血漿中濃度

薬の開発段階で行われる治験では、ボランティアの方にさまざまな量の薬物を服用していただき、その時の血液中の薬物濃度を測定しています。このデータを使って計算されているのが分布容積です。

分布容積は「容積」なので単位はLやmLですが、臨床現場では「体重あたりの」分布容積を考えることも多く、その場合の単位は例えばmL/Kgということになります。

薬の添付文書にはもともと体重あたりの「体重あたりの」分布容積が書かれていることも多いですが、そうではなく容積 (L) で記載されていることもあります。

この場合、治験で薬物濃度の推移を調べている第1相試験に参加しているのは若年男性ですので、少々大雑把ではありますが体重を60 kgとして計算すればOKです。

例えばある薬の分布容積が12 L (12 000 mL)であると報告されていたなら、体重あたりの分布容積は

12000 mL / 60 Kg = 200 mL/Kg

であると概算できます。

この分布容積を使うと、その薬がどれくらい組織移行性があるのかを推定することができます

それには体内の水分分布についての基礎知識が必要になるので、まずそちらを簡単に復習します。

体内の水分分布

ご存知の通り、人間の体の60%程度は水分だと言われています。例えば体重60 kgの方なら、水分は36 Kg分あります。

中学の理科の授業で習ったように、水の比重は1なので、36 Kgの水分は容積に直すと36 Lの水ということです。

生理学の授業では、細胞内液細胞外液について勉強しましたね。細胞内液が水分全体の2/3, 細胞外液が残り1/3くらいの量ですので、だいたい細胞内液24 L, 細胞外液 12 Lということになります。

細胞外液はさらに間質液 (およそ2/3, つまり8 L)と血液 (およそ1/3, つまり4 L)に分けられます。

細胞外液にはNaやClイオンが豊富にある一方、Kイオンはそのほとんどが細胞内液にあります。このようにほとんどの物質にとって、細胞外液と細胞内液の間は自由に通過できません。その一方、間質液と血液の間は自由に行き来できる場合が多いです。

分布容積から組織移行性が分かる原理と目安

それでは本題の組織移行性についてです。

もしある薬があまり組織に移行せず、細胞外液の部分のみに存在する場合を考えてみます。この場合、60 Kgの人の細胞外液量は12 L (12 000 mL) なので、体重あたりを考えれば

12000 mL / 60 kg = 200 mL/Kg

といえます。

つまりある薬剤の分布容積が200 mL/Kgというのは、薬物は主に細胞外液にのみ存在する状態を意味しています。

例えば、アミノグリコシド系の抗生物質や、解熱鎮痛薬の代表格であるNSAIDs (ドラッグストアの痛み止めの使い分け 【解熱鎮痛剤の種類と強さ】という記事で市販薬をまとめています)の分布容積が小さいことが知られています。

アスピリンの分布容積はぴったり200 mL/Kgですし、イブプロフェンも120 mL/Kgです。抗生剤としては、アミノグリコシド系であるハベカシン (アルベカシン) の分布容積は200 ~ 250 mL/kgになっています。

それではさらに分布が限定されていて、血管内にしかとどまらない場合はどうなるでしょうか? 同じように体重60 Kgの人を考え、血液量はおよそ4 L (4 000 mL)ですので、分布容積は

4000 mL / 60 Kg = 66.6 mL/Kg

となります。例えばヘパリンの分布容積は58 mL/Kgであり、ほとんど血液内にとどまる薬であると言えます。

このように、薬剤が分布する場所が限られるほどより小さな分布容積になることが分かりました。

今度は逆に基準となる200 mL/Kgを超える場合を見ていきます。

例えば、体内の水分と同じように薬剤も分布していたらどうでしょうか? 体内の水分は細胞外だけでなく細胞内にもあり、体重60 Kgの人の場合は合わせて36 L (36 000 mL) になるのでしたね。この場合の体重あたりの分布容積は

36000 mL / 60 Kg = 600 mL/Kg

ある薬物の分布容積がこれくらいある場合、少しは組織移行性があり、水とほぼ同様にほぼ全身に分布していると考えることができます。

例えば催眠・鎮静剤であるフェノバルビタールの分布容積は560 mL/Kgですし、抗てんかん薬であるフェニトインの分布容積は550 mL/Kgです。

最後に、さらに大きな分布容積になる場合を考えてみます。冒頭の計算問題の2問目のように、ある薬剤の濃度が非常に低い場合、その薬物の分布容積はとても大きくなりますね。

なぜ薬物濃度が小さくなるのかというと、測定できない場所に薬物が移行してしまうからです。具体的には薬物濃度を測定する血液や細胞外液ではなく、細胞内の水 (細胞内液) に移行しています

このように分布容積の大きな薬剤は、細胞内へ移行しやすい、組織移行性の大きな薬剤であると言えます。

例えばマクロライド系の抗生物質・アジスロマイシンの分布容積は33.3 L/Kgととても大きな値であり、組織移行性がとても高い薬剤です。

血液中のアジスロマイシンは少しずつ代謝や排泄を受けているものの、細胞内には大量のアジスロマイシンがあるので、長時間高い血中濃度を維持することができます。

そのため、添付文書に書かれている通り、3日間服用すると効果を1週間持続できるというわけです。

まとめに代えて

この記事では概念がわかりにくい分布容積を、なるべく専門用語を使わずにまとめました。薬の性質を考える上で非常に重要なパラメーターの1つであり、将来医師・薬剤師になるために勉強をしている学生さんには特に抑えてほしい基本事項です。

また分布容積と組織移行性の大まかな目安は

60 mL/Kg程度: 血管内のみ
200 mL/Kg程度: 細胞外液のみ
600 mL/Kg程度: 少しは組織移行性あり (水分と同等)
それ以上: 組織移行性良好

となります。

関連図書

この記事に関連した内容を紹介しているサイトや本はこちらです。

薬の形状と保存期間の話【形状によって有効期間が変わる】

ドラッグストアの痛み止めの使い分け 【解熱鎮痛剤の種類と強さ】

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