リン酸カルシウム法によるトランスフェクション 【圧倒的に安い】

プラスミドDNAを細胞の中に入れる方法には、これまでに考案されたさまざまな方法があります。
この記事では、そのうち最も古くからあるリン酸カルシウム法についてまとめます。

リン酸カルシウムによるトランスフェクション

遺伝子導入の方法にはさまざまな方法があり、哺乳類細胞へのトランスフェクション法5種類 【原理の概要】という記事でまとめました。

そのうち、現在最も多く使われている方法はリポフェクション法ですが、古くからあるリン酸カルシウム法でも十分効率よく入る細胞も存在し、かつコストはリン酸カルシウム法の方がずっと安いので、リン酸カルシウム法も知っておくのは悪くありません。

もともとは、核酸をリン酸カルシウムと混ぜることで共沈物として供給したときに、培養細胞でのDNAの取り込みが大きく増強するというグラハムらの1973年の発見 (A new technique for the assay of infectivity of human adenovirus 5 DNA. Virology 1973)から作られた方法であり、細胞の中に遺伝子を入れることができるようになったことで生命科学研究が大きく飛躍しました。

その後、細胞をグリセロール処理 (1973年考案) やクロロキン処理 (1983年考案) することでトランスフェクション効率が向上するということが示されました。

酪酸ナトリウムで処理することで、SV40プロモーターを含むプラスミドの発現を増強するということも示されています。

このように、リン酸カルシウム法と一口にいっても、実はさまざまなバリエーションがあります。

そこでこの記事では、ヒト由来で非常によく使われている細胞株であるHEK293 (あるいは単に293とも) 細胞に対して最適化した方法を調べたというJordanらの報告 (Transfecting mammalian cells: optimization of critical parameters affecting calcium-phosphate precipitate formation. Nucleic Acids Res. 1996) をベースに、具体的なプロトコールを紹介します。

リン酸カルシウムトランスフェクションで用意するもの

実験に必要になる主な試薬はこの通りです。

・ CaCl2 (2.5 M)
・ クロロキン(100 mM)(オプション)

52 mg のクロロキン二リン酸塩を 1 ml のMilliQに溶かし、0.22 μmのフィルターに通して滅菌後、アルミホイルで包んだチューブに入れて-20℃で保存する。

・ 2x HEPES-buffered saline

140 mm NaCl
1.5 mM Na2HPO4・2H2O
50 mM HEPES

0.22 umのフィルター滅菌後、小分けにして-20℃で1年までは保存可能

・ プラスミドDNA

トランスフォーメーション効率を高めるためには、カラムを使ったキットやCsCl-臭化エチジウム密度勾配などで精製する必要がある。
濃度は25 ug/ml に調整し、培地 1 mLあたり50 ul程度が必要になる (本実験の前に要検討)。

リン酸カルシウムトランスフェクションの手順

1. トランスフェクションの24時間前に、指数関数的に増殖している細胞をトリプシンではがし、12ウェルプレートにプレーティング (細胞によってその適切な数は異なる)。
CO2インキュベーターで37℃、24時間インキュベート。

高いトランスフェクション効率を達成するには、指数関数的に増殖中の細胞を使うのが大事なポイントであり、決して80%以上のコンフルエンシーにまでしてはいけない。

2. トランスフェクションの1時間前に培地を新しいものに交換する。

3. リン酸カルシウム-DNAを以下のように調製する。

・ 100 ul の 2.5 M CaCl2 と 25 ug のプラスミド DNA を 5ml の滅菌プラスチックチューブに入れ、必要に応じて 0.1% TE (pH 7.6) で 1ml になるようにする。
・ この2x カルシウム-DNA溶液を、室温で同量の2x HEPES緩衝生理食塩水と混ぜ合わせる。
・ チューブの側面を素早く叩いて成分を混合し、溶液を1分間放置する。


4. リン酸カルシウム-DNA 懸濁液を直ちに細胞培地に加え、プレートを揺すって混ぜる。
培地 1 ml あたり 0.1 ml を加えるのが1つの目安。

トランスフェクションの効率が急速に低下するので、このステップはできるだけ早く行う。


5. 37℃のCO2インキュベーターで2-6 時間インキュベートした後、培地と DNA 沈殿物を吸引により除去する。
暖めた新しい培地 (プラスミドやカルシウムなし) を入れ、数日たってから実験に使う。

リン酸カルシウム法の効率改善につながる取り組み

DNAの取り込みは、リン酸カルシウム-DNA共沈物の存在下でクロロキンで細胞を処理するか、あるいは培地から共沈物溶液を除去した後にグリセロールと酪酸ナトリウムへ細胞を暴露させるこどでも増やすことができます。

クロロキンは弱塩基であり、リソソーム hydolaseによるDNAの細胞内分解を阻害することで作用すると推測されています (Luthman and Magnusson 1983)。

培地に添加するクロロキンの濃度や処理時間は細胞によって異なりますが、一例としてはこんな感じです。

1. 100 mMのクロロキン二リン酸塩を1000倍希釈になるように細胞に加え、インキュベーターで3-5時間細胞をインキュベートする。

ほとんどの細胞は、クロロキン存在下で3-5時間培養しても大きな問題はありませんが、形態が少し変化する細胞もあります。


2. 培地を取り除き、PBSで細胞をwashし、新しい増殖培地を加える

グリセロールや酪酸ナトリウムを使う方法はこの記事では解説しませんが、分子細胞生物学実験のきちんとしたプロトコル集には多くの場合は書かれていますので、必要に応じて調べてみてください。

まとめに代えて

この記事では、やや古くなったものの研究費をかけずにトランスフェクションできる方法、リン酸カルシウム法について紹介しました。

例えばレトロウイルスやレンチウイルスをつくるために、15cm dishをたくさん用意してプラスミドをトランスフェクションし、ウイルスを濃縮して…のような実験ってよくありますよね。

そういったときに、リポフェクションをすると1回の試薬代で軽く数万、場合によっては数十万飛んでしまいます。

大学院生時代にはその手の実験をしばしばやっていて、そういうときにはリン酸カルシウム法をよく使っていました。

もともとリポフェクション法でも入らない細胞ならほぼ絶望的ですが、293のような効率のよい細胞ならリン酸カルシウム法でも特に問題なくトランスフェクションできますよ。

遺伝子導入が全く初めてという方には少しハードルが高いので、まずは「目的別で選べる遺伝子導入プロトコール」などで基礎知識を習得しつつ、リポフェクション法をトライすることをおすすめします。

リン酸カルシウム法の細かい話はMolecular Cloningなどの成書に詳しく書かれています。

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