ホタルの発光酵素として有名なルシフェラーゼとその基質であるルシフェリン。
ルシフェラーゼを発現する細胞や動物は、感度の高いCCDカメラで可視化することができます。
生物発光の研究は古く、特許もかけられていましたが、2017年後半からその特許の効力も失効し始めました。
それに連動して、新しい生物発光タンパク質や改変基質、イメージングシステムの改良といった報告が増えています。
この記事では生物発光の生命医学研究への応用例を俯瞰します。
ホタル以外のルシフェラーゼ
ホタルルシフェラーゼの研究は古く、1957年に単離・精製され、1961年にはその平面構造が決定されています。
ルシフェラーゼは、北米で最も一般的なホタルであるPhotinus pyralisだけでなく、クリックカブトムシPyrophorus plagiophthalamus、ウミシイタケRenilla reniformis、海生カイアシ類Gaussia princepsといったさまざまな発光生物由来のルシフェラーゼが利用されています。
陸上生物のルシフェラーゼはd-ルシフェリンを基質とし、ATP、Mgイオン、酸素が発光に必要です。
一方で海洋生物のルシフェラーゼはルシフェリンではなくセレンテラジン (coelenterazine) やそのアナログを基質としています。
また、新しいルシフェラーゼ遺伝子やその変異変種の研究も盛んに行われるようになってきました。
特に注目されているものの1つが、新しいNanoLucルシフェラーゼです。NanoLucは深海に住むトビオキヒオドシエビから単離された小さい (19.1 kDa)ルシフェラーゼで、さらに改変型のセレンテラジンアナログであるフリマジン(セレンテラジンのフェノール基がフランで置換されている)で最適に働くように設計されています。
このNanoLuc-furimazineシステムは、従来型のホタルルシフェラーゼの100倍以上という強い発光をATPなしでできるため、in vivoイメージングにもしばしば使われるようになってきました (Engineered luciferase reporter from a deep sea shrimp utilizing a novel imidazopyrazinone substrate. ACS Chem. Biol. 2012) 。
ルシフェラーゼは生物によって発光スペクトルが違うこと (Structural basis for the spectral difference in luciferase bioluminescence. Nature 2006)や、新しい多色変異ルシフェラーゼの開発が進んでいることもあって、異なるルシフェラーゼのシグナルを1回のイメージングで同時に追跡することができるようにもなっています。
取得したシグナルを、専用のアルゴリズムを適用することにより、スペクトル的に混合されていないものに変換することもできます(Sensitive dual color in vivo bioluminescence imaging using a new red codon optimized firefly luciferase and a green click beetle luciferase. PLoS One 2011)。
ルシフェラーゼと他の技術の融合
ルシフェラーゼをそのまま使うのではなく、ナノ粒子に結合してマルチモダリティレポーター (A novel luciferase fusion protein for highly sensitive optical imaging: from single-cell analysis to in vivo whole-body bioluminescence imaging. Anal. Bioanal. Chem. 2014)を作成したり、BRETシステムを使用してより明るい生物発光プローブにするというアイデアがあります。
特に後者のBRETの好例は、レニラルシフェラーゼと蛍光タンパク質Venusの融合であるNano-lantern (ナノランタン) でしょう。レニラルシフェラーゼ単独と比較して、より優れたin vivo性能を示すと報告されています (Luminescent proteins for high-speed single-cell and whole-body imaging. Nat. Commun. 2012)。
さらにナノランタンの色が増え、リアルタイム多色イメージングも可能になりました (Expanded palette of Nano-lanterns for real-time multicolor luminescence imaging. PNAS 2015)。
レニラルシフェラーゼを近赤外蛍光タンパク質(iRFP)と融合し、深部組織イメージングのための新規で効率的な近赤外BRETシステムを作ったという報告もあります (Fluorophore-Nanoluc BRET reporters enable sensitive in vivo optical imaging and flow cytometry for monitoring tumorigenesis. Cancer Res. 2015)。
NanoLucと蛍光タンパクCyOFP1を融合させた新しいバージョンのNanoLucもあります。Antaresと呼ばれるこの新しいタンパク質は、これまでよりも一桁高いシグナルを出すことができるようです (A bright cyan-excitable orange fluorescent protein facilitates dual-emission microscopy and enhances bioluminescence imaging in vivo. Nat. Biotechnol. 2016)。
生物発光技術を応用してがんを可視化する
これまで見てきた発光システムをプロモーターの下流に入れておけば、その細胞や動物でさまざまなことをモニターできるようになります。
この技術の最も多い病気の研究への応用は、がん研究の領域です。
例えば腫瘍細胞にルシフェラーゼを組み込んでおき、抗がん剤への影響を追跡したり、逆に腫瘍発生を追跡できるMMTV-Luc2PyVTマウスやL1-Luc/EL1-TAgモデルマウスがいます。
それぞれ乳がん (Generation of a new bioluminescent model for visualisation of mammary tumour development in transgenic mice. BMC Cancer 2012)と膵臓がん (A spontaneous acinar cell carcinoma model for monitoring progression of pancreatic lesions and response to treatment through noninvasive bioluminescence imaging. Clin. Cancer Res. 2009)研究に使われています。
生物発光技術を応用してがん以外を可視化する
もちろん生物発光の応用はがんだけに限りません。
Ucp1ルシフェラーゼレポーターマウスは別名Thermomouseと呼ばれていますが、これは代謝における褐色脂肪組織(BAT)の研究に有用です (ThermoMouse: an in vivo model to identify modulators of UCP1 expression in brown adipose tissue. Cell Rep. 2014)
(BATはミトコンドリア非結合タンパク質1(UCP1)の活性で熱エネルギーを作る脂肪組織です)
TALENやCRISPRなどの遺伝子編集技術のおかげで、多くの微生物も生物発光レポーター遺伝子を発現するように遺伝子組み換えすることができます (A bright future for bioluminescent imaging in viral research. Future Virol. 2015)。
異なる色を発光するルシフェラーゼを使って、同じ動物個体の中でリアルタイムにマ2つの微生物 (マイコプラズマ) 感染を区別できることも示されています (Real-time bioluminescence imaging of mixed mycobacterial infections. PLoS One 2014)。
より医学的に重要な応用例として、インフルエンザウイルスのイメージングも行われました。H1N1インフルエンザウイルスにNanoLucを組み込みフェレットに感染させ、ウイルスの感染や伝播などのモニターに成功しています (Visualizing real-time influenza virus infection, transmission and protection in ferrets. Nat. Commun. 2015)。
微生物による感染症は目に見えないのが難しいところですが、それを可視化するイメージング技術が進歩すればより研究が行いやすくなります。
関連図書
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