偉大な発見には興味深いドラマがあります。生命科学系の方にはおなじみ「細胞周期」の解明もその1つです。
この記事では、2001年のノーベル生理学医学賞受賞者を中心にして、どのように細胞周期が解明されてきたのか、生命科学にそれほどなじみがない方にも雰囲気は理解していただけるようまとめています。
この記事の内容
全ての細胞は細胞分裂で生じる
「全ての細胞は細胞より出づる」とは、19世紀の病理学者ルドルフ・フィルヒョウが残した有名な言葉です。もともと1つの受精卵から出発し、細胞分裂を繰り返して人体となります。
細胞分裂は、地球上に生命が誕生してからずっと途切れることなく続いてきました。生命にとってもっとも本質的な活動の1つであるといっていいでしょう。
細胞は、自分が分裂して2つの細胞になるべきタイミングをしっかり調整しているように見えます。また、皮膚や消化管・血球など、常に新しい細胞が作られている臓器がある一方で、脳のニューロンや心筋といった基本的に分裂しない細胞もあります。
単細胞生物でも、栄養が豊富なときに活発に増殖する一方で、栄養が枯渇すると分裂をとめてしまいます。
それでは細胞はどうやって分裂をコントロールしているのでしょう? この疑問に答えた3人の科学者に、2001年のノーベル生理学医学賞が贈られました。
細胞周期の発見
1953年、イギリスの科学者であるアルマ・ハワードとスティーブン・ペルクは放射性物質を使った実験からDNAが比較的短い時間で合成され、それが完了してからしばらくして染色体が2つに分かれることを見つけました。
ハワードらは、細胞分裂が完了し次のDNA合成が起こるまでのG1期、DNA合成が起こるS期、その後のG2期、染色体が分配されるM期を観察から定義しました。
この細胞周期がどのように進行するのかを解明したのが、ノーベル賞を受賞することになるリーランド・ハートウェル、ポール・ナース、ティム・ハントとその他多くの科学者達でした。
細胞周期をコントロールするCDC28, CDC2遺伝子
ハートウェルがノーベル財団に提出した自伝によれば、ハートウェルの母はシングルマザーとして決して裕福とはいえない生活の中でもハートウェルの学業を応援してくれたようです。
その母の支援もあって、1958年に家族で最初に大学に進み、カリフォルニア工科大学で生物学を学びました。その後マサチューセッツ工科大学 (MIT) で博士号を取得し、ノーベル賞を1975年に受賞することになるレナート・ダルベッコの研究室のポスドクとして採用され、やがて1965年でカリフォルニア大学で自らの研究室をもつようになります。
この頃には、細胞がどのようにして分裂を制御しているのかを研究したいと考えるようになりました。そこで図書館に出向いて調べ物をし、細胞周期の本質に迫れそうな微生物、「サッカロマイセス・セレビシエ」を見つけました。日本語では出芽酵母といい、パンを発酵させるために使われている酵母です。
出芽酵母は肉眼では見えない単細胞生物でありながら立派な真核生物であり、しかも有性生殖を行います。細胞分裂を2時間程度でしてくれるので迅速に実験ができるというメリットもありました。
しかも研究をはじめて3年後、ハートウェルの研究室にいた学生ブライアン・リードが出芽酵母は細胞周期の段階によって形を変え、どの段階にいるのか目で見て判断できるということを見つけたのです。
そこでハートウェルらは顕微鏡写真を使って細胞周期に異常がおきた変異体を探し始めました。特に注目したのは、温度に敏感な酵母でした。低温では分裂するが、高温 (36℃) では分裂しなくなる変異体があったのです。
この酵母を詳しく調べ、1970年に細胞周期を支配する遺伝子の1つであるCDC28遺伝子を報告したのです。
CDCは細胞分裂周期 (Cell division cycle) の頭文字です。このCDC28は、細胞周期の始まりを指示するものだったので「スタート」という別名でも知られています。
ハートウェルは出芽酵母からCDC28遺伝子以外にもいくつもCDC遺伝子を相次いで報告します。
これに便乗して、イギリスのポール・ナースも (ハートウェルの出芽酵母ではなく) 分裂酵母という生物を使ってCDC2遺伝子を発見しています。この遺伝子は細胞周期の最終過程に関係しているらしく、CDC2遺伝子が変異していると分裂酵母は2つに分裂しない、あるいは十分に成熟しないまま分裂してしまうのです。
サイクリンの発見
その頃イギリスのティム・ハントは、別の方向から細胞周期に迫っていました。アメリカのウッズホール海洋生物学研究所にいたハントは、ウニの受精卵中のタンパク質がどのように変化していくのかを調べていました。
その結果、複数のタンパクは時間とともに増えていくのに、最初濃度の高かったあるタンパクは細胞分裂の後にはなくなってしまうのです。
ハントは1982年にこの結果をジョン・ゲルハルトにしてみると、ハントはゲルハルトから興味深い話を聞き出すことができました。ゲルハルトはアフリカツメガエルという生物の卵が減数分裂する最中に、MPFという物質の活性度が変動することを見つけていたのです。
MPFは日本人の増井禎夫先生が見つけた物質で、卵の成熟を促す性質があることから卵成熟促進因子 (Maturation Promoting Factor) と名付けられていました。
ハントは自分の見つけた周期的に変動する物質をサイクリンと名付け、MPFと何か関係があるだろうと仮設を立てました。
研究を重ねた結果、サイクリンはいつも細胞周期が開始する10分ほど前に現れ、細胞分裂が終わると消えてしまい、そして次の細胞分裂が始まる前にまた増えていくことがわかりました。
細胞周期を制御する仕組み
細胞分裂周期を制御している要素には、CDCとサイクリンの少なくとも2つがあることがわかりましたが、この関係はすぐにはわかりませんでした。というのも、CDCは遺伝子で、サイクリンはタンパクですが、CDC遺伝子からサイクリンができるわけではありません。
これらはどのようにして細胞周期に働いているのでしょうか?引き続き行われた研究の結果、1980年代後半になり両者が協調して働いていることがわかりました。
CDC28やCDC2といった遺伝子は、サイクリン依存性キナーゼ (CDK) と呼ばれるタンパク質リン酸化酵素をつくり、これが細胞周期に必要なさまざまな他のタンパクを活性化している、いわば細胞周期のエンジンの働きをしているのです。
一方で、CDKは自分だけで活動を開始することはできず、サイクリンと結合したときにはじめて活動するようになります。
細胞分裂においては、まずサイクリンが増える結果CDKが活動を始め、細胞周期がG1からSに動き出します。細胞周期がいったん進行すると、サイクリンは分解してCDKだけが残ります。1つの細胞は実は複数のCDKがあり、それぞれパートナーであるサイクリンが異なることも分かってきました。
MPFとサイクリンの関係についても調べられ、実際にはMPFはサイクリンとCDKが結合したものであることが分かりました。
そして酵母・ウニ・カエルの研究から見つかったこれら細胞周期の因子は、ヒトやマウスにも共通であり、あらゆる真核生物に普遍的な存在だったのです。
細胞周期のチェックポイント
細胞周期の基本的な仕組みについてはこのように分かってきましたが、ハートウェルはまだ満足できませんでした。ハートウェルの興味は、細胞周期が暴走して起こる「がん」に移っていたのです。
細胞分裂の際にDNA複製が必要で、その複製のときにわずかに複製ミスが起きます。この突然変異が蓄積される結果、がんになるのです。
試験管での実験では、DNAの複製ミスはおよそ100万塩基に1回程度でした。しかし細胞が分裂するときの複製ミスは、109億塩基に1回程度です。
ハートウェルはこの謎に取り組むため、高温や紫外線照射で細胞分裂が止まる出芽酵母の性質に着目しました。「異常事態を監視する機構があり、そのような場合には細胞周期をとめてDNAを修復する」のではないかと考えたのです。
細胞周期のそのような監視機構はチェックポイントと呼ばれるようになりました。
ハートウェルはX線をあてても細胞周期がとまらない変異酵母を発見し、その酵母を解析することでチェックポイントに関わる遺伝子を次々に見つけていきます。
G1期チェックポイント、G2/M期チェックポイント、そして紡錘糸チェックポイントという異なる時期でのチェックポイントがあることも分かりました。
まとめに代えて
2001年のノーベル生理学医学賞は、出芽酵母を使ったCDC28とチェックポイントの発見をしたリーランド・ハートウェル、分裂酵母でCDC2を見つけたポール・ナース、そしてウニの受精卵からサイクリンを同定したティム・ハントに贈られました。
細胞周期にはまだまだ未知の領域も多く残っていますが、その基本的な仕組みを解明した貢献が評価されたのです。
細胞周期が解明されたことでここを標的とする薬が登場してきています。CDK阻害剤や、チェックポイント阻害剤などがすでに開発されています。
余談ですが、ノーベル賞受賞者の偉大な裏話はノーベル賞の生命科学入門という本などにまとまっています。
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