組織を透明化してより深くまで観察するということが、生命科学研究の現場で徐々に現実のものとなっています。
この記事では、組織の透明化を行う代表的な方法の概略を紹介しました。
この記事の内容
組織透明化のメリットと3つの主要なアプローチ
組織や臓器を透明化することで、従来は観察できなかったことの発見につながることは想像に固くありません。
どのように生命が発生しているのか、がんの全身転移はどのようにして起こるのかなど、全貌が未解明の生命現象は多くあり、それらの解明により新たな治療戦略が作られることもあるでしょう。
組織や臓器を透明化するという試み自体の歴史は実は古く、100年近く前からやられてきましたが、大規模データが扱えるようになり、人工知能が画像に強いということもあり、ますます盛んになっています。
これまでに開発された透明化手法は、大きく3つに分けることができます。
疎水性の試薬を使う方法、親水性の試薬を使う方法、そしてハイドロゲルを使う方法です (Whole-body and whole-organ clearing and imaging techniques with single-cell resolution: toward organism-level systems biology in mammals. Cell Chem. Biol., 2016)。
なぜ透明になるのかというと、脂質(脱脂)、色素(脱色)やリン酸カルシウム(脱灰)を除去し、臓器の屈折率と周囲の屈折率を合わせる (屈折率マッチング) させることで、光が減衰したり散乱したりせずに臓器を通過できるようにしているからです。
屈折率というのは、真空中の光の速度と、その媒質の光の速度との比で、真空の屈折率は1、水の屈折率は約1.33、油や臓器は1.56前後です。
2つの物質の屈折率が違うと、光が散乱してしまいます (中学の理科で習いましたね)。
疎水性の試薬を使う方法
水と混ざらない、疎水性の試薬 (有機溶媒) を使う方法は、手順がシンプルというメリットがあります。
DISCO
3D imaging of solvent-cleared organs (3DISCO)では、成体マウスの脳全体を完全に透明にすることができます (Three-dimensional imaging of solvent-cleared organs using 3DISCO. Nat. Protoc. 2012)。
その手順が簡単で、いくつかの溶液にサンプルを次々につけていくだけなので、3DISCOやその改良版は既に広く使用されています。
DISCOに基づく方法は、組織中にある主な光を散乱させる物質である水(水のRIは1.33であるが、軟部組織のRIは1.44–1.56である)を除去するための脱水工程と、脂質の大部分を抽出し浸透率をあわせる次の有機溶媒につけるという工程からなっています。
vDISCO
DISCOは蛍光タンパクが退色してしまうという弱点があります。そのため、特異的な抗体を使ってブーストすることが望ましいです。
それを達成するのがvDISCO(vは重鎖抗体の可変 (variable)ドメインを指し、ナノボディを意味する)という方法です。。
遠赤色領域の明るいAtto色素がついたナノボディを使って全身をラベリングすることで、多くの組織の自家蛍光を区別できるという方法です。
また、この方法では蛍光シグナルが二桁増幅されるので、骨や筋肉中など、体の深部にある1細胞の画像化もできます(Panoptic imaging of transparent mice reveals whole-body neuronal projections and skull–meninges connections. Nat. Neurosci. 2019)。
親水性溶液を使う方法
有機溶媒を使う方法で蛍光が退色してしまうのは、蛍光団にとって水分子が必要だからです。
親水性の水に混ざる試薬を使う方法もあり、これにより光の透過を邪魔する物質を取り除きつつ、蛍光はそのまま維持できます。
特に2010年代以降に登場したさまざまな方法は、透明性も大きく改善され、しかも蛍光タンパクなどの機能をそのまま保存できること、有機溶媒を使わず環境にもやさしいことから急速に普及しています。
Scale
組織除去に水に溶ける尿素を使い、高水圧にさらすことでサンプルが膨張するのを防ぐ方法がScale (Scale: a chemical approach for fluorescence imaging and reconstruction of transparent mouse brain. Nat. Neurosci. 2011) です。
さらに、尿素とソルビトールを組み合わせてScaleを発展させ、ScaleS (ScaleS: an optical clearing palette for biological imaging. Nat. Neurosci. 2015)も開発されました。
ScaleSは、成体マウス、老齢マウス、疾患マウスの脳にも適用できます。
seeDB
フルクトースを主な浸透率調整因子として使ったのがSee Deep Brain(SeeDB)(SeeDB: a simple and morphology-preserving optical clearing agent for neuronal circuit reconstruction. Nat. Neurosci. 2013)です。
3DISCOは臓器が縮み、Scaleは膨張してしまうという弱点があるのですが、SeeDBであれば生体試料の大きさを変えず、その形態が保持されるというメリットもあります。
さらに高屈折率を持つX線造影剤イオヘキソールを使ってこの方法を改良し、今ではマウス脳の神経回路の超解像イメージングに適用されているSeeDB2が開発されました (Super-resolution mapping of neuronal circuitry with an index-optimized clearing agent. Cell Rep. 2016)。
透明性という観点では、他の方法に比べると劣ってしまうのが難点です。
CUBIC
Scaleで使われた試薬とその代替品を包括的に調べることで、親水性の高い組織除去試薬を同定するという試みがなされ、その結果として脱脂と脱色素の両方ができる一連のアミノアルコールが発見されました。それらを使った方法がCUBIC (clear, unobstructed brain imaging cocktails and computational analysis) です (Whole-brain imaging with single-cell resolution using chemical cocktails and computational analysis. Cell 2014)。
さらに、1600種以上の親水性化学物質のプロファイリングを行い、強力な屈折率調整試薬として使用できる一連の芳香族アミドが発見されました(CUBIC-R+, RはRIマッチング・+はアミノアルコール、N-ブチルジエタノールアミンを加えることを表す) (Chemical landscape for tissue clearing based on hydrophilic reagents. Cell Rep. 2018)。
高度な脱脂試薬(CUBIC-L (Lはdelipidation脱脂の意))と屈折率調整試薬を組み合わせるという方法もあります。
脱脂等により、抗体のような大きな物質が迅速かつより深く浸透するための空間ができるので、透明化をした上で3D免疫染色も可能になりました。
CUBICを使って、成体マウスの脳、心臓、肺、胃、腸の3D免疫染色をした論文がいくつもあります。
マウスの脳全体の血管を調べるという報告にもCUBICが使われました (Whole-body profiling of cancer metastasis with single-cell resolution. Cell Rep. 2017)。
親水化法はサンプルを拡大することにも使えます (Expansion microscopy. Science 2015)。例えば、CUBIC-Xプロトコルは、イミダゾールとアンチピリンを過水化剤として用いるもので、成体マウスの脳を10倍の容積に拡大できる (A three-dimensional single-cell-resolution whole-brain atlas using CUBIC-X expansion microscopy and tissue clearing. Nat. Neurosci. 2018)。
これにより、成体マウス脳の全脳細胞プロファイリングができるようになり、10の8乗もの細胞を含む全脳3D単一細胞解像度マウス脳アトラス(CUBIC-Atlas) が開発されました。
ハイドロゲルを使う方法
組織をゲルの中に埋め込んで、電気泳動や受動的な拡散によって脂質などを除くという方法もあります。
代表例がCLARITY (Cleared Lipid-extracted Acryl-hybridized Rigid Immunostaining/in situ hybridization-compatible Tissue hYdrogel) です(Structural and molecular interrogation of intact biological systems. Nature 2013)。
これは、分子をアクリルアミドベースのハイドロゲルに共有結合的に連結することによって、組織の位置を固定した状態で、脂質等を電気泳動で洗い流すという手法です。
しかし、透明にするためには長い時間が必要だという弱点もあります。
また、標識のための蛍光プローブなどが深部に届きにくいという問題もあります。
そのため、より「ゆるい」ゲルを使ってプローブが届きやすくしたPACT(passive CLARITY technique, Advanced CLARITY for rapid and high-resolution imaging of intact tissues. Nat. Protoc. 2014) なども考えられています。
透明化した後の画像データ解析
さて、このように大規模データを得ることができた後は、そのデータの解析が待っています。
従来のデータはずっと画像が小さいのでよかったのですが、このような大規模画像データの場合は軽くテラバイト級になってしまいます。
そこで、そのような大規模画像データの扱いを容易にするためのツールがいくつも開発されています。
fa-arrow-circle-right関連記事大規模画像データ解析に使うソフト 【ImageJとそのプラグインを中心に】
さらに、そのデータから意味があるものを抽出するには、統計学や人工知能の手助けも不可欠です。
幸いにして、複雑なプログラミングなしでもAIが使えるツールというのも公開されています。
fa-arrow-circle-right関連記事直感的に使える人工知能開発ツール 【プログラミング不要】
しかし、今後の生命科学研究者は大規模データの扱いもできないとやっていけなくなるでしょう。
早いうちから自己投資しておく必要がありそうです。
関連サイト・図書
この記事に関連した内容を紹介しているサイトや本はこちらです。
大規模画像データ解析に使うソフト 【ImageJとそのプラグインを中心に】
まとめ
最後に今回の内容をまとめます。
- 組織を透明化し大規模画像データを取得する時代になっている
- 透明化にはScale, SeeDB, CUBICなどいくつかの方法がある
- データサイエンスや機械学習の知識も必要になりつつある
今日も【生命医学をハックする】 (@biomedicalhacks) をお読みいただきありがとうございました。