がんの免疫療法といえばノーベル賞をとった本庶先生らが最初に見つけたPD-1を標的とする免疫チェックポイント阻害が有名ですが、研究が進みつつある分野としてCAR-Tによる細胞治療もあります。
2017年にはCAR-T細胞療法がアメリカで承認されました。この記事ではCAR-T細胞の研究開発について紹介します。
CAR-T細胞の承認
免疫細胞はそのユニークな特性から、細胞治療に向けた有望なスタート地点として期待されています (Engineered cell-based therapeutics: synthetic biology meets immunology. Front Bioeng Biotechnol. 2019)。
これまで作られた最も成功した例はキメラ抗原受容体(CAR, chimeric antigen receptors)を持つ細胞でしょう。
CD19を標的とするCARは、治療抵抗性の急性リンパ性白血病(ALL)やびまん性大細胞B細胞リンパ腫 (DLBCL) の患者において高い寛解率(80%以上)を達成しています。
2017年には、米国食品医薬品局(FDA)によって最初の2つの抗CD19 CAR-T細胞療法が承認されました。現在、この技術を固形腫瘍・自己免疫疾患などに応用しようという研究が盛んに行われています。
しかし固形腫瘍にCAR-T細胞を適用した場合の臨床結果は、残念ながら白血病ほどよくはありません (CAR T cell therapy for solid tumors. Annu. Rev. Med. 2017)
主な原因として、CAR-T細胞を腫瘍組織に送達させることが不十分であったり、固形腫瘍の微小環境がCAR-Tにとって不利であるなどの理由が考えられています。
CAR-T細胞の作り方
CAR-T細胞を作るには、まずT細胞を回収し、様々なCARコンポーネントを発現するために遺伝子組み換えを行います。その後はex vivoでT細胞をさらに増やし、最終的には患者さんに再び注入されるという流れです。
CAR-T細胞はこれまで改善が続いてきました。
第一世代のCARは1993年に作られ、細胞外には目的の抗原に対応するsingle-chain variable fragment (scFV)、それにCD3ζの細胞内ドメインをつないだタンパクを発現させるというものでしたが、これは活性が不十分でした。
第二世代 (2002年)および第三世代 (2009年)のCARは、効率よく活性化させるために1つまたは2つの追加のco-stimulatoryドメイン (CD28など) を組み合わせて作られています。
第四世代のCAR-T細胞は、それに加えてさらにサイトカイン等も放出できるようなものになり、抗原に出会ったときのCAR-T活性化の効率をさらに上げるようにデザインされています (Teaching an old dog new tricks: next-generation CAR T cells. Br. J. Cancer 2019)。
副作用を抑えるための工夫
どんなクスリにも必ずリスクがあります。
中でも、CAR-T細胞療法によるサイトカイン放出症候群cytokine release syndrome (CRS) は最も懸念すべき副作用の1つです。
CAR-T関連の毒性において、IL-1/IL-1RおよびIL-6/IL-6Rシグナル伝達経路が深く関与していることが分かっています。そのため、これら2つの炎症性サイトカイン/その受容体を標的とする生物学的製剤 (anakinraとかtocilizumabなど) を使えば、CRSを予防・治療することができるようです (Engineering strategies to overcome the current roadblocks in CAR T cell therapy. Nat. Rev. Clin. Oncol. 2020)。
CAR-Tそのものに緊急時に活動を制限できるような仕組みを備えさせるという試みもやられています。
誘導性にカスパーゼ 9を発現するようなCAR-T細胞 (iCasp9システム) が開発されていて、低分子薬剤を投与することでカスパーゼ 9 が活性化し、それによってCAR-T細胞のアポトーシスが引き起こされ、緊急時に安全性を担保しようという試みもあります。臨床試験の結果、iCasp9システムは30分以内に90%以上の形質転換細胞を除去することに成功し、移植片対宿主病(GVHD)を抑制することが示されました (Inducible apoptosis as a safety switch for adoptive cell therapy. N. Engl. J. Med. 2011)。
CAR-T細胞の挙動を制御できるようにする一つの戦略は、T細胞の活性化の強さを制御することであり、その1つとして腫瘍関連抗原とCARの間を取り持つadaptorの濃度によって活性調節を行うという試みがあります。CAR-T細胞は、adaptorがないときには活性を持たず、抗原認識はアダプターによってコントロールされています。
例えば、SUPRA(split, universal, and programmable)CAR-T細胞では、ロイシンジッパーモチーフ(zipFv)がアダプターとして使用され、CAR-T細胞は遊離zipFvがあるときでのみ活性化されるようになっています (Universal chimeric antigen receptors for multiplexed and logical control of T cell responses. Cell 2018)。
具体的にいうと、細胞内ドメイン + 細胞外にBzipを発現させたCAR-T細胞を用意し、それとは別に用意した腫瘍抗原認識scFvにAzipがつながっているアダプターを投与します。腫瘍抗原をアダプターが認識し、そのAzipとCAR-T細胞表面にあるBzipが結合することで全体が1つとなってCAR-T活性化のシグナルが入るということです。この系では、アダプターの濃度によってCAR-Tの活性化を調節することができます。
Split-CARシステムもあり、2量体化を小分子によって制御できるという仕組みになっています (Remote control of therapeutic T cells through a small molecule-gated chimeric receptor. Science 2015)。
また、CAR発現を青色光で制御可能なLINTAD (light-inducible nuclear translocation and dimerization)システムも開発されています (Engineering light-controllable CAR T cells for cancer immunotherapy. Sci. Adv. 2020)。
このシステムでは、青色光受容体であるcryptochrome(CRY2)を転写activatorと融合させ、一方DNA結合ドメインをCRY2の結合パートナーであるCIB1 (cryptochrome-interacting basic-helix-loop-helix)と融合させています。
光をあてると核移行シグナルが露出されるようになっていて、両者が核内で作用することでCARコンポーネントの転写活性化が起こるようになっています。
STOP-CARと呼ばれる方法は、計算設計した化学的に破壊可能なヘテロ二量体(chemically disruptable heterodimer , CDH)をCARコンストラクトに組み込むことで、CAR T細胞の機能を不活化することが可能です (A computationally designed chimeric antigen receptor provides a small-molecule safety switch for T-cell therapy. Nat. Biotechnol. 2020)。
細胞内ドメインにCDHを組み込んだCARコンストラクトを作っておくと、通常だと2量体として機能するものの、ある低分子化合物を加えると急速にその2量体が乖離してもはやCAR-Tとしての機能を持たないようにできるようです。
CAR-T細胞の活性化を調節するもう1つの戦略は、CARコンストラクトの発現量を下げることであり、PROTACなどのプロテインノックダウンの技術が使われています。
ブロモドメイン(BD)をCARコンストラクトに組み込んでおき、BDを標的とする化合物を投与することで、CARタンパク質を誘導的にプロテアソーム分解に導くことができるという報告が出ています (A chemical switch system to modulate chimeric antigen receptor T cell activity through proteolysis-targeting chimaera technology. ACS Synth. Biol. 2020)。
AND論理ゲートにより制御されるCAR-T細胞も開発されています (Combinatorial antigen recognition with balanced signaling promotes selective tumor eradication by engineered T cells. Nat. Biotechnol. 2013)。
この例としては、例えば合成Notch(SynNotch)システムが有名です。このシステムでは、1つの抗原(抗原Aとします)を認識するように設計された合成Notch受容体が活性化されると別の第2の抗原(抗原Bとします)用に作っているCARコンストラクトが発現するようになり、これによりやっとCAR-Tが発動するようになります。つまり、目的の抗原Bだけでなく抗原Aが同時に存在することがCARが機能するために必要です。これにより (抗原Aの有無・時期などを制御することで) CARの活性化を制御できるようになります。
まとめに代えて
この記事では、CAR-T細胞療法の研究を俯瞰しました。細胞療法は今はまだそれほど実用化されていませんが、今後はますます研究が進む分野の1つだと思います。
例えば、T細胞ではなくNK細胞を同じように改変するCAR-NK細胞の研究が少しずつ増えてきています。
T細胞以外へのCARの応用 【自己免疫疾患にも有効】という記事にまとめました。
免疫チェックポイント阻害薬とともに細胞治療はそう遠くない将来に有力な治療法の1つとして確立していくといいですね。
がん免疫の初歩については、「やさしく学べる がん免疫療法のしくみ」 という本が勉強になります。
もうちょっと発展的なことを知りたい方は、実験医学別冊シリーズである「新・腫瘍免疫学」などがいいと思います。
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