ゲノム編集の核酸デリバリー法 【治療応用への第一歩】
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ゲノム編集技術を医療や産業界に応用するためには、どのようにしてそのシステムを目的の細胞に届けるか (デリバリー) を考えないといけません。

この記事では、これまで行われてきたさまざまなデリバリー方法のうち、代表的なものを紹介します。

DNAを使ったin vitroデリバリー

最も一般的に使用されている塩基エディタの送達方法は、カチオン性脂質を使ったリポフェクションや、エレクトロポレーション、あるいは直接細胞に注入するなど、なんらかの方法で塩基編集を行う核酸とgRNAを入れる方法です。

DNAを使う方法

核酸は、プラスミドや線状DNAでも、mRNAとgRNAといったRNAの形でもOKですが、メチル化されていないCGモチーフを持つような細菌DNAから主に構成されるプラスミドは、in vivoで使うと免疫応答を誘導する可能性も指摘されているので注意です (Engineered materials for in vivo delivery of genome-editing machinery. Nat. Rev. Mater. 2019)。

DNAの形でデリバリーする場合には、核に到達し転写され、さらに翻訳される必要があるので、デリバリーからゲノム編集開始までの時間がmRNAベースやタンパクベースの方法に比べて長くなります。

また、DNAはRNAに比べて安定性が高いため、DNAベースのデリバリーだと塩基エディターの発現が長期化し、オフターゲット編集の危険性も高まるというデメリットがあります (Biomaterials as vectors for the delivery of CRISPR–Cas9. Biomater. Sci. 2019)。

しかしながら、DNAベースのデリバリーはコスパがよく、魅力的なデリバリー方法の1つです。

mRNAを使う方法

mRNAを使った塩基エディターのデリバリー方法は、転写を必要としないため、タンパク質を迅速に発現させることができるという利点があります。

またmRNAは比較的迅速に分解されるため、オフターゲットの危険性もDNAに比べれば低いです。しかしこれはもろ刃の剣で、mRNAの安定性が低いことが時に問題となることがあり、目的のレベルのオンターゲット活性を維持するために化学修飾が必要となることもあります。

Casのコドン最適化はきちんとすべき

DNAを使う場合でもRNAを使う場合でも、コドンの最適化はデリバリー後のタンパク質発現レベルを決める重要な要素です。

そのため、塩基編集をしたい生物種にあったコドン最適化をするのが望ましいです (Codon usage optimization in pluripotent embryonic stem cells. Genome Biol. 2019)。

DNA塩基編集について紹介した記事 (CRISPRによるDNA塩基編集 【CBEとABE】) で出てきたBE4を作る過程ではさまざまなコドン最適化が試され、最終的にGenScriptコドン最適化法を用いたコンストラクトが最良の結果を得たと報告されています (Improving cytidine and adenine base editors by expression optimization and ancestral reconstruction. Nat. Biotechnol. 2018)。

核酸を使ったin vivoデリバリー

肝臓での遺伝子編集であれば、単にプラスミドDNAそのものを尾静脈から注入するだけで十分だと報告されています (例えばAdenine base editing in an adult mouse model of tyrosinaemia. Nat. Biomed. Eng. 2020など)。

しかしながら、肝臓以外の他の臓器へのデリバリーについては、それなりの手段が必要になります。

例えば、イオン化可能なカチオン性脂質で核酸をパッケージングしたものを注入するとかです (Cationic lipid-mediated delivery of proteins enables efficient protein-based genome editing in vitro and in vivo. Nat. Biotechnol. 2015)。

目的の臓器だけに特異的にデリバリーする画期的な方法はまだ考案されておらず、今後の課題といえるでしょう。

ウイルスベクターを使ったデリバリー

ウイルスベースのデリバリー方法の方が、より一般的に使われている方法です。

ゲノム編集ツールのデリバリーに使用されるウイルスベクターは、アデノウイルス(AdV)、アデノ随伴ウイルス(AAV)、レンチウイルス、レトロウイルスなどがあります。

AdVは自然免疫反応を誘発する傾向があるため、ヒトの治療薬としては理想的なデリバリー方法とはいえません (The innate immune response to adenovirus vectors. Hum. Gene Ther. 2004)。

この中だと、AAVが免疫原性や毒性が低く、一過性の遺伝子発現ができることから、有望な選択肢といえるでしょう。

しかsも、複数のAAV serotypeがあり、それぞれある程度特異的な組織嗜好性があるので、これをうまく使えば組織特異的にデリバリーできる可能性があります (Analysis of AAV serotypes 1–9 mediated gene expression and tropism in mice after systemic injection. Mol. Ther. 2008)。

AAVの最大の欠点は、中に入れられるコンストラクトのサイズに制約があり、4.7kb という小さなものしか入れられないということです (Effect of genome size on AAV vector packaging. Mol. Ther. 2010)。

例えば野生型のSpCas9(ゲノム編集で最も一般的に使用されてきたCas9)のサイズは4.3kbで、かなりギリギリです。

そのため、事実上はCas9をAAVにパッケージングして塩基編集をするのは不可能であり、これを回避するために複数のグループによってスプリットインテイン塩基エディタが開発されてきました (Development of an intein-mediated split–Cas9 system for gene therapy. Nucleic Acids Res. 2015 : Cytosine and adenine base editing of the brain, liver, retina, heart and skeletal muscle of mice via adeno-associated viruses. Nat. Biomed. Eng. 2020)。

詳しくは原著論文に書かれていますが、簡単に説明すると分割したベースエディターにインテインをつけておき、co-transfection後に細胞内でこれら2つのペプチドがつながることを応用したシステムです。

また、より小さなCasを探す研究も盛んであり、それについてはCRISPR-Casによるゲノム編集 【2010年代の総まとめ】という記事にもまとめました。

ナノ粒子を使ったデリバリー

ナノ粒子をウイルスの代わりに使ってデリバリーする方法は、近年特に人気が出てきました。

ウイルスはリポソームとある程度似た形になりますが、ナノ粒子の方法では様々な形を設計でき、そこに搭載するものや行き先に合うようにデザインするという取り組みが始まっています。

さらに、乳酸-グリコール酸共重合体 (PLGA)ナノ粒子の毒性が非常に低くFDAに認可されていることもあり、臨床的な応用もしやすいというのも人気の秘訣です。

それ以外に開発中のものとして、合成したタンパク質ケージや、DNA origamiで作られたDNAケージも盛んに研究されています (Automated sequence design of 2D wireframe DNA origami with honeycomb edges. Nat. Commun. 2019)。

まとめに代えて

この記事ではゲノム編集用に作った核酸をどのようにデリバリーすればいいのかということについてまとめました。

まだ開発中であるものの、さまざまな取組が行われています。プロトコルの詳細については、(英語ですが) 専用の本も出版されています。

ゲノム編集については、ノーベル賞を受賞したダウドナ博士自ら執筆した「CRISPR (クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見」に、その経緯について分かりやすく解説されています。

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