エタノール沈殿のプロトコルと原理・理由 【トラブルシューティングも含めた完全版】

エタノール沈殿 (エタ沈)は、水溶液からDNAなどの核酸を回収するための方法で、電気泳動やPCRと並んで生命科学系の研究室で最も頻繁に使われています。

広く使われているということは、それだけ「はじめて」の方も多いでしょう。実験をやり始めたばかりの方がよく持つギモンとして、次のようなものがあります。

エタノール沈殿のやり方や注意点を知りたい
エタノール沈殿の塩や共沈剤の選び方はどうすればいい?
エタノールとイソプロパノールはどう違うの?

この記事では、エタノール沈殿の簡単な原理や具体的な手順の例を示しながら、よくある注意点やトラブル解決法についてまとめます。

エタノール沈殿の原理と塩の選び方

エタノール沈殿はとても迅速にナノグラム単位のDNAやRNAを沈殿させることができる方法で、1930年代初頭にJ. Lionel Allowayによって報告されました。

エタノールが核酸の水和水を奪う結果として負に帯電したDNAのリン酸基が露出した状態になります。

ここにNa+などの正に荷電したイオンがくると、露出しているリン酸基に結合していき、それが多くなるともはやDNAはお互いの電荷反発力で浮遊していられなくなるため沈殿します。

このように、エタノール沈殿は「エタノール」だけでなく十分な量の陽イオン (カチオン)が利用可能な場合にのみ起こる現象です。

最も一般的に使われているカチオンは0.3 M・pH 5.2の酢酸ナトリウム (Sodium Acetate)ですが、それ以外にもしばしば使われている有名なカチオンがあります。

酢酸アンモニウム

酢酸アンモニウム (Ammonium Acetate)は、核酸以外のもの(dNTPやオリゴ糖など)の共沈を減らしたいときに使われます。10 Mの濃度で作っておき、使用時に塩濃度が2 ~ 2.5 Mになるようにします。

例えば、2 Mの酢酸アンモニウムを使ったエタノール沈殿を2回行うことでDNAに混入したdNTPsを99%以上除くことができると報告されています (OkayamaおよびBerg 1982)。

アガロースゲルから核酸を回収し沈殿させるときにも、オリゴ糖 (アガロース) が沈殿しないので最良の選択肢と言えるでしょう。

しかし酢酸アンモニウムにも弱点があり、T4ポリヌクレオチドキナーゼ (PNK)がアンモニウムイオンで阻害されてしまうため、沈殿した核酸をリン酸化したい場合には酢酸アンモニウムを使ってはいけません

塩化リチウム

塩化リチウム (Lithium Chloride)は、沈殿に高濃度のエタノールが必要な場合(例えばRNAを沈殿させる場合など)に頻繁に使用されています。ストックを8 Mで作製し、使用時には0.8 Mになるようにします。

塩化リチウムはエタノール溶液に非常によく溶ける性質があるので、核酸と一緒に沈殿することはありません。

小さなRNA(例えばtRNAや5S RNA)はイオン強度の高い溶液には溶けるものの、大きなRNAは可溶ではないという性質を使って、LiCl(0.8 M)を使ったエタノール沈殿で大きなRNAを沈殿させるということができます

塩の熟成のための超低温冷却は不要

一昔前はエタノール沈殿を超低温(例えば、ドライアイスを使ったり-80℃の冷凍庫に入れたり)で熟成した後で行うように書かれているものもありましたが、そこまでする必要はありません。

次に紹介するキャリアがなくても、0℃で20 ng/ml程度のDNAが問題なく沈殿することが分かっています。

さらに少量しかなくても、100,000gで30分遠心すればピコグラム程度のものを回収できます超低温での塩の熟成は不要です。

もちろん、少量のDNAを扱う場合はすべてのDNAが回収されるまで (通常は捨ててしまう) 上清を保存し、後でやり直せるようにしておきましょう

溶解したDNAの沈殿

昔の本には、エタノール沈殿後に回収したDNA沈殿物を真空下で乾燥させてから再溶解させるよう書かれているものもあります。

しかし DNAペレットを完全に乾燥させると非常にゆっくりとしか溶解しなくなってしまいます。また乾燥時に特に小さな断片 (400 bp以下) は変性してしまうリスクもあるため、現在ではこれは行われません。

その代わり、吸引で概ねエタノールを除去した後、チューブのフタを開いた状態で15分ほどおいて残留エタノールの大部分が蒸発するのを待ったり、45℃のヒートブロックで2〜3分間インキュベートするという方法があります。

また、DNAはチューブの底に全て集まっているわけではなく、沈殿のおよそ半分はチューブの壁面に付着しています

回収量を増やすには、ピペットマンを使ってチューブ壁に数回溶媒をかけ流す必要があります。

キャリアの話

キャリア(共沈剤)は、エタノール沈殿において少量しかない核酸回収を改善するために使われる物質のことです。キャリアはエタノール溶液には溶けず、目的の核酸とともに沈殿を形成します。

酵母tRNA、グリコーゲン、直鎖ポリアクリルアミドの3つの物質がキャリアとして一般的に使用されています。これらには長所と短所があるのでまとめます。

酵母tRNA

酵母tRNAは10 – 20 ug/mlの濃度で使用されます。価格が安いというメリットがある一方で、沈殿物をPNKやterminal transferaseを使った酵素反応を行うときには使えないというデメリットがあります。

グリコーゲン

グリコーゲンは50 ug/mlの濃度で使われます。グリコーゲンは核酸ではないので、沈殿後の核酸を対象とした酵素反応を阻害することはなく使いやすいです。

しかしながら、DNAとタンパクの相互作用に干渉することが報告されているので、そういった実験を行うには不向きかもしれません。

直鎖ポリアクリルアミド

直鎖ポリアクリルアミドはエタノールによる核酸やアセトンによるタンパク沈殿の中性キャリアとして10 ~ 20 ug/mlの濃度で使われます。ThermoFisherなどでも市販されています。タンパクのアセトン沈殿は別の記事でまとめました。

エタノール沈殿のプロトコール

ここまでで必要な知識は解説したので、具体的な方法を見ていきます。

1. DNA 溶液の量を推定し、一価カチオン (Sodium Acetate)の濃度を調整して加えます。

例えばストックを3 Mで作っている酢酸ナトリウムならば最終的に0.3 Mで使いたいので溶液の1/10量を加えます

2. 溶液をよく混ぜ、氷冷エタノールを2倍量加えて再度よく混ぜる。エタノール溶液を氷上で保存し、DNA の沈殿を形成させます。

通常は 15-30 分間で十分ですが、DNA のサイズが小さい場合(100 ヌクレオチド以下)や少量(0.1 ug/ml以下しかない)の場合は、1 時間に延長し、最終濃度が 0.01 M になるように塩化マグネシウムMgCl2 を添加する。

エタノール中にあるDNAは0℃または-20℃で無期限に保存できます。

3. 4℃で10分、最大速度で遠心。

低濃度の DNA (20 ng/ml以下) や非常に小さな断片ならば、より長い時間の遠心が必要になる場合があります。

4. 慎重に上清を除去し (核酸のペレットに触れないように)、さらに新しいピペットチップ1つを手で持ってペレットのそばに近づけ、毛細管現象を使って残っている液滴を除去する。

収量がかなり少ないことが予想される場合、きちんとDNAが回収できたことを確認するまでは上清を保存しておいた方がいいです。

5. チューブに70%エタノールを加えよく転倒混和し、4℃で2 分間、最高速度で再遠心。

加えた塩を除く (脱塩) 意味があります。

6. 手順4と同じ。

7. フタを開いた状態でチューブを置いておき、蒸発するまで待つ

8. DNA ペレット(目に見えないことが多い)を希望の量の緩衝液(例えばTE pH 7.6~8.0)で懸濁。チューブの壁にもついているので、緩衝液をしっかりかけて溶かす。

ちなみに、少量の緩衝液にDNAが溶けてくれない場合、多量の緩衝液を添加し、エタ沈を繰り返すと改善することもあります。2回目の沈殿は、DNAの溶解を妨げている塩類や他の成分を除去することができるかもしれないからです。

エタノールとイソプロパノールの違い

DNAを沈殿させるために、2容量のエタノールを加える代わりに1容量のイソプロパノールを使うこともできます

イソプロパノールのメリットは、遠心する液体の量が少なくて済むことです。しかし、イソプロパノールはエタノールよりも揮発性が低いので除去するのが難しく、さらにショ糖や塩化ナトリウムのような溶質はイソプロパノールを使用するとDNAと共沈しやすくなるという弱点があります。

そのため、一般にはイソプロパノールよりもエタノールを使うほうがいいのではないかと考えています。

それでは水溶液がエタ沈をするような量ではなくもっとたくさんあったらどうすればいいでしょう?そういったときに使うのがブタノールを使った濃縮法です。

ブタノールを使った核酸の濃縮

第二級ブチルアルコール(イソブタノール)やn-ブチルアルコール(n-ブタノール)などの有機溶媒を使って水溶液を抽出と、水分子の一部が有機相に移動します。

抽出を数回繰り返すことで、核酸が溶けている水溶液の体積を大幅に減らすことができます。あまり頻繁に使うテクニックではありませんが、こういったことで水溶液の体積を減らしてDNAを濃縮してからエタ沈をする方法があることを知っておくとどこかで使えます。

1. 核酸溶液の体積を測定し、等量のイソブタノールを加え、溶液をボルテックスでよく混ぜる。

あまりにも多くのイソブタノールを追加すると、たくさんの水が除去され核酸が沈殿してしまうことがあります。こうなった場合には、有機層に水を加えていくことで水相が再び現れます。

2. 溶液を室温・最高速度で 20 秒間遠心。上(イソブタノール)相を捨てる。

3. 水相の体積が目的の量になるまで手順1と2を繰り返す。

イソブタノール抽出は塩を除去しないため、核酸だけでなく塩濃度も増加していきます。

RNAのエタノール沈殿法

エタ沈はRNAにも使うことができます。

0.8 M 塩化リチウムまたは5 M 酢酸アンモニウムまたは0.3 M 酢酸ナトリウムを塩として使い、2.5~3.0 容量のエタノールを加えるとRNA を効率よく沈殿させることができます。

ここでは塩化リチウムを使ったエタ沈法を紹介します。

1. RNAが溶けている溶液の量を測定し、RNase フリーの 8 M 塩化リチウム0.2 容積を加え、よく混ぜて氷上に 2 時間以上静置。

2. 15,000g、0℃で 20 分間遠心。上清を捨て、沈殿した高分子量 RNA を 0.2 容量の水に溶かす。

3. 手順 1、2 をもう1度繰り返す。

4. 再懸濁したペレットから高分子量RNAを回収する。

塩化リチウムイオンの場合は、ほとんどの無細胞系でタンパク質合成の開始を阻害し、RNA 依存性 DNA ポリメラーゼの活性を抑制するという欠点があることに注意です。

まとめに代えて

この記事では、エタノール沈殿について少し掘り下げてまとめました。やり方は文字で書くよりも動画の方が分かりやすいので、YouTubeから実験例を引用します。

エタノール沈殿はアガロースゲル電気泳動と並んで頻繁に行われている方法です。よく使うからこそ、細かい点も含めて知っておきたいですね。

関連図書

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